約 2,287,820 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6012.html
涼宮ハルヒの遡及 どうもご無沙汰してます。 『涼宮ハルヒの異界』、『涼宮ハルヒの切望―side K―』、『涼宮ハルヒの切望―side H―』の作者です。今回はこのシリーズの完結編をお送りさせて頂きます。 『戸惑・完成ゲーム』、『DQ6』、『YU-NO』、『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱01』等のネタが含まれていますが、どこか分かったてもスルーよろしくです。分からなかった方はニコ動かようつべで探ると分かるかも。 このたびは、賛否両論のオリジナルキャラクターが登場する、当シリーズを、最後までお付き合いくださり、心より感謝申し上げます。 では、どうぞ。 涼宮ハルヒの遡及Ⅰ 涼宮ハルヒの遡及Ⅱ 涼宮ハルヒの遡及Ⅲ 涼宮ハルヒの遡及Ⅳ 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ 涼宮ハルヒの遡及Ⅵ 涼宮ハルヒの遡及Ⅶ 涼宮ハルヒの遡及Ⅷ 涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅡ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6025.html
時が過ぎるのは早いもので、気が付けばもう9月上旬。 俺がこの北高に入学してからもう1年と数か月が過ぎ去った。 8月下旬になっても夏の残暑は獲物を捕まえたタコのようになかなか日本から離れなかったが、流石に9月になるともう秋だなと感じる日が多くなってくる。 SOS団も全力稼動中で、春先に起こったまさに『驚愕』の連続だった事件の後は、特に肝を冷やすような事件はなく、鶴屋家主催の花見や、夏合宿などのその他もろもろのイベントを消化し、そろそろわれらがSOS団団長で、神様というステータスを持つ涼宮ハルヒが文化祭におけるSOS団の活動内容について模索している頃だな… 今回はいったい何をしでかすのやらと、紫の上に先立たれた光源氏なみの憂鬱感を感じながら、もう慣れてしまったハイキングコース並みの通学路を通り教室へと向かう。 教室に入るとハルヒはちらっとこちらを見るとすぐに窓の方へ向き直ってしまった。 何か暇つぶしを思いついたときに見せる太陽拳をこえる眩しい笑顔を見せないところを見ると、 今日も平和な日常が流れるのだと この時は思っていた。 だってそうだろ? 『驚愕』の事件の後のイベントでは特に不機嫌になることもなかったし、むしろ物心つく前のガキのように騒いでいた。イベントがないときだって、大規模な閉鎖空間ができたなんて報告は古泉から聞かされなかった。 ハルヒは実際に現在の生活に不満は抱いてなかったのだ。しかし、ハルヒは今日、まさに俺を『錯乱』に陥れるような事件を起こす。 ――涼宮ハルヒの錯乱―― 俺が席に着くと、ハルヒは道端の小石に語りかけるようにこう言った。 「キョン、あんた、SOS団クビよ。今日からこなくていいわ」 あの~、ハルヒ君?君はなんと仰ったのですか? 「あんた、こんな日本語も分かんないの?クビって言ってんのよ」 「おいおい、なんでだよ?俺、なんか悪いことしたかよ?!」 「しらないわよ!うっさいわね!…もう話しかけてこないで」 教室の時間が、いや、全世界が停止した。 おいおいおい、待てって、なんなんだこの状況? 誰か分かる奴がいたら今すぐここにきて状況を説明しろ!! 俺はハルヒになんか変なことをした覚えはないし、先に述べたとおり、ハルヒに特に変わった様子はなかった。それにもうすぐ文化祭という、イベント好きのハルヒが闘牛のように飛びついて行く暇つぶし候補があるのだ…。 ではなぜ?…なんでこんなにも急に不機嫌になったんだ? いや、不機嫌どころか俺を退団させるって、どういう風の吹き回しだ?! 自分の不機嫌に俺を巻き込んでんじゃねえよ!! ハルヒの不機嫌の理由を考えているうちに午前中の授業が終わった。午前中に俺はハルヒが俺を退団に処した理由について一つの結論を出していた。授業中のハルヒのシャーペン攻撃がなかったおかげで十二分に熟考できたからな。 俺は、自分のはじき出した解答の答え合わせをするためにハルヒ以外のSOS団のメンバーを文芸部室に集めた。 「いったいどうしたのですか?あなたの方から僕たちを集めるなんて、珍しいですね?」 古泉は、困ったような0円スマイルを顔に張り付けている 「ああ、ちょっと厄介な問題が発生したもんでな」 「?涼宮ハルヒは、今のところなんの情報操作を行っていない。また、彼女には何の情報操作も行われていない。」 長門は首を右に1ミリほど傾げて補足する 「だろうな、今起こっている問題は何の力がなくても起こり得るからな」 「キョンくん?」 朝比奈さんは不安そうに俺を見上げてくる。 「今日の朝のHR前で、ハルヒに退団を命じられた」 全員の顔が凍りついた。俺は若干焦っていたなぜなら、俺が午前中に出した答えとは 『SOS団でキョンにドッキリを仕掛けよう!!』というものであった。 それならハルヒの朝の言動も理解できる。イベント好きなハルヒのやりそうなことだし、錯乱している俺をどこかで映像に残していて、文化祭で放映するとかなどというしょーもないことを考えていることもありえるからな。 この全員の表情も演技かもしれん。演技であってほしい 「みんな、今からの俺の問いに正直に答えて欲しい。これって、ハルヒが提案したドッキリかなんかじゃないのか?」 「……いえ、少なくとも僕は涼宮さんからそのようなことは聞いておりません」 「私も涼宮ハルヒからそのようなことは聞いてない」 「私もきいてないですぅ」 返ってきた答えは俺に奈落の底にある迷宮に落とされたような困惑を与えた。このようなハルヒがらみの話題に対して冗談を言うような奴らではない。まず、古泉から余裕の笑みが完全に失われ、青ざめている。朝比奈さんなんか失神してしまいそうだ。長門も表情こそあまり変わらないものの、動揺しているのはひしひしと伝わる。…ということは 「ええ、あなたの退団は涼宮さんの…」「わかった」 「ふぇ?キョンくん?どうしたんですか?」 「もう…いい」 俺は精一杯の笑顔を取り繕って 「今までありがとな、古泉、今まで散々悪態ついてきたけどお前の事、割と好きだったぜ?…男同士の友達としてだからな。長門、お前には助けられっぱなしだったな…恩返しできなくて、ごめんな?朝比奈さんも、あなたのお茶は天下一品でしたよ」 「…」 「…」 「…」 全員が長門譲りの三点リーダの沈黙をしたところで 「さようなら」 俺は部室を後にした。 はあ、慣れないことはするもんじゃない。自分でも、自分の笑顔が不自然だと分かった。 ハルヒのあの核融合全開の太陽のような輝きの笑顔に比べたら、俺の笑顔なぞ、向日葵のような太陽の眩しさに顔向けできるようなものでなく、せいぜい月下美人の花のように太陽のいない夜に咲く花くらいの輝きしかないのさ。…長続きしない面もそっくりだ。 …もうあの笑顔を見ることもないだろう。 そう思うと胸の奥に何かが突き刺さるような感じがする。 ……なんだろう、この感覚。 今まで味わったことのない…何とも言えぬ寂寥感、あいつから必要とされないだけでこんなになるなんて。でも、仕方ないな…ハルヒが…神がそう望んでいるなら……。 ……もしかして……いや、そんなことは、…でも……。 午後の授業も終わり、ハルヒは俺に声もかけずに教室を飛び出していった。その後ろ姿にいつもより勢いが感じられないのは俺の気のせいだろう。結局あれからなにも話をしなかったな俺は携帯を取り出し、ある奴に電話をかけた。 ――その頃・文芸部室―― これは困ったことになりましたね。まさか涼宮さんが彼を拒絶するなんて…。この事態に『機関』も恐慌状態です。彼が涼宮さんの精神安定剤のような働きをしていたのですから。 でも、涼宮さんはその薬の投与を自ら否定した。 今後、彼女の精神状態がどう転ぶかは 「まさに『神のみぞ知る』…ですね」 いま、文芸部室には涼宮さんと彼を除いた部員が集まっています。議題はもちろん『涼宮ハルヒの今後』について。 今回の事態に対して、『機関』『未来人勢力』『情報統合思念体』の3勢力は協力協定を結び、この事態の解析、及び今後の対策についての協議をすることとなりました。いままでいがみ合っていた勢力が協力関係を結ぶほど、今回のことは大事なのです。 「今回の出来事は、未来の規定事項から大きく外れているんです」 とは、未来人勢力代表の朝比奈みくるの言葉です。先の出来事で異時元同位体の朝比奈みくるによれば僕は上級要注意人物で、彼よりも禁則事項に該当する項目が多いはずなのですが、未来人勢力は今回特別に禁則を解除するそうです。 「本来ならばキョンくんはSOS団の団員その1の平団員として、高校生活を全うし、涼宮さんと同じ大学へ進学するはずだったのです」 最後まで、昇格なしですか…んっふ、彼は世界のために一番活躍しているんですがね 「その大学には、貴女や、僕、そして長門さんはいるのですか?」 「はい、大学に入った後もまだまだ不確定要素があるんです。それを消化するにはSOS団の存在が必要不可欠になんです。あっ、SOS団も結成するんですよ♪」 ですが、今回の出来事で、それが規定事項でなくなったと、 「そうですね…未来からもそれなりに大きい時空改変が観測されているらしいんです」 そうですか…、長門さん。今回のことに宇宙人は関与していないんですか? 「情報統合思念体からは何の報告も来ていない。彼にも言った通り、情報操作の痕も残ってない」 九曜周防らの『天蓋領域』からの干渉は? 「それもない。現在、天蓋領域には情報統合思念体の監視がある。九曜周防については前回の事件以降、天蓋領域に回帰している。」 ということは宇宙人も今回の事件には関与していないと? 「そういうことになる」 ということは、今のところ一番可能性が高いのは…… 「涼宮ハルヒが彼の退団を望んだということ」 「やはりそうですか…」 どういった心境の変化なんでしょうね……今までは彼が離れようとしても放さなかったのに… タッタッタッタッタタタタ… おや、涼宮さんが来たようですね。ではこの話はお開きにしましょうか ――何時もの喫茶店―― 4時半…約束の時間まであと30分もある。SOS団ご用達のこの喫茶店も、一人でいると違って見えるもんだな。俺がここに人を呼んだのは、俺の中に浮かんだもう一つの解答の答え合わせをするためである。だが、俺はこの答えが真実であってほしくない。だが……可能性はある。 俺が時間を待つ間、口がさびしいのでコーヒーを注文し、それを何も考えないまま啜っていると、ドアの鈴が鳴った。 ――カランカラン… 俺が呼びだした二人は俺を見つけると、一人は軽くお辞儀をし、もう一人は手を挙げ、席に座った。 「久しぶりだね、キョン。またこうして会えるとは思っていなかったよ。」 「お久しぶりです、キョンさん」 俺が呼んだのは、橘と佐々木の二人だ。悪いな、二人とも、学校の勉強で忙しいだろうに。 「くっくっ、水臭いよ、キョン。僕らは“親友”じゃないか。遠慮することはない」 「私も、前回といい、前々回といい、何度もご迷惑をおかけしてしまって…」 そのことはもういい橘、お前にまず聞こうか。 「なんでしょう?」 以前、佐々木こそが、ハルヒの能力を持つはずだった存在だといっていたよな? 「…はい」 前の事件から何か佐々木の能力に変化はあったのか? 「一応は…」 やはり…そうなのか? 俺の出したもう一つの解答は『ハルヒの能力が佐々木に譲渡、或いはコピーされたことにより、佐々木がハルヒに情報操作を施した』こと。自分の力を自覚した状態の佐々木なら、長門の目を欺くことも簡単だろう。 「なぜ、そんなことを聞くんだい?キョン」 「ああ、実はな…」 俺は今日あった出来事を話してやった。 「…それは……また急な話だな。だが、それが僕たちと何の関係があるんだい?」 「幻滅しないで聞いてくれ……俺は、お前がそうなることを望んだからではないかと思っている。」 「……なんで僕がそんなことを望むというんだい?」 「前回の事件の後、おまえと二人で話したよな?今回のことがあって、その内容を思いだしたんだ」 「そして気づいた……お前の気持ちに」 「…」 「すまんな…親友のくせに、気付いてやれなくて…俺はあの時『勘違いをすべき』だったんだ」 「………」 「だが…お前の気持ちにには答えられん……こればかりは、な」 「…………」 「…ひぐっ……うっく…」 突然、佐々木が堰を切ったかのように泣き出した。 わりぃ、突然でショックだったか? 「ああ、ごめん…ぐすっ…嬉しいの……キョンが、私を女としてみてくれたことが…んぐっ…私の気持ちに気づいてくれたことが…」 女言葉で話す佐々木は割かし可愛かった 泣いた佐々木が落ち着くまでに10分かかった。すると佐々木は何時もの口調で 「それで、僕がキョンといつも一緒にいる涼宮さんに嫉妬しているから君をSOS団から離そうと僕が思ったと考えたんだね?」 ああ、その通りだ。すまんな、下卑たこと考えて 「いや、いいんだ、キョン。ただ、信じてくれ。僕は“親友”として君の幸せを願っているんだ。君をSOS団から離そうと、ましてや涼宮さんを利用してなんてそんな外道なことはしない。」 ?…なんでそこでハルヒなんだ? 「…」 「…」 二人は上流階級のパーティーに紛れ込んできたホームレスを見るような目で俺を睨んできた… やめてくれ…泣きたくなっちまう 「「はああああああ」」 二人はマリアナ海溝よりも深いため息をついた 「キョン…君って奴は常に僕の予想斜め上を行く奴だな…」 なんだよ、俺は偏差値にしたら50ジャストの超普通人だぞ? 「じゃあ聞くが、さっきはなんで僕の告白を断ったんだい?」 それは…もしかしたら… 「言っておくが、僕には願望実現能力はないよ。ちなみに、もう閉鎖空間も発生していないらしい」 へ?どういうことだ? 「それは私から説明します」 橘が徐に話し始める 「前回の事件が終了し、現実世界に戻ってきたと同時に、佐々木さんの力は消滅しました。佐々木さんは元から一般人だったんです。能力に変化があったというのは、能力の消失のことです」 おいおい…冗談だろ? じゃあ、前回の事件はなんだったんだよ?!佐々木が神とかなんだとか… 「それは藤原さんが言った通り、自分の思い通りの未来を勝ち取ろうとした時に、都合のよかったのが佐々木さんだったんです。精神の強い方ですし、涼宮さんの『鍵』である貴方にかなり近い存在だったので……何より、力を自覚して使えるし…その藤原さんの陰謀を察知した涼宮さんが佐々木さんに力を与えたんです…一時的にね」 なんてこった……じゃあ俺に近い人物なら誰でも良かったのかよ?! …すまんな佐々木、変なことに巻き込んじまって。 「くっくっ、謝らないでくれ、キョンこちらとしては大変貴重な体験をできたんだ…むしろ感謝したいくらいだよ」 …そうかい。おっと、もうこんな時間だ。悪いな二人とも、時間とらせて今日はサンキューな。 「ええ、さよなら、キョンさん」 「また逢おう…親友」 「って、待ってくれ!!まだ僕の質問に答えてくれてないじゃないか!!」 ……そんなの、言わなくてもお前にはお見通しだろ?“親友”? 「!!!……ああ、そうだな」 ――文芸部室―― キョン君のいなくなった初日の部活、どうなるのでしょうね?…やれやれです 「みんな!!集まってるわね!!」 外面だけは何時もどおりですね。まるで何もなかったかのように… 「…まだ彼が来ていない」 「ん?…彼?…ああ、キョンのこと?あいつならもう来ないわよ。私から退団を命じたから」 ……まるで昨日のドラマの内容のように言ってくれますね………まあ、そこも彼女らしいといえるでしょう。 「そんな事よりも、今から文化祭で行うSOS団の活動内容を発表します!!」 「ちょ、ちょっと待ってください!!涼宮さん!!!」 涼宮さんの饒舌を止めたのはなんとあの朝比奈さんでした。 「どどどどど、うしてて、キョ…キョンくんをt」 「黙りなさい」 涼宮さんは窓の方を向いて仰いました。 思わず鳥肌が立ちましたよ。いやあ、こんな声も出せるんですね?涼宮さん。今の貴女は怒った時の森さん位迫力がありますよ? おやおや、朝比奈さんもあんなに顔を蒼くして…彼女でなくてもそうなるでしょうが 「金輪際、キョンの事を口にするのは禁止するわ。それと、団活に関わらずキョンと接触するのもだめよ。それが守れないものは…」 此方をくるっと向いて ケンタウロスさえ射止めてしまうような眼光で 「死刑よ」 何時も“彼”に言ってのけるそれとは違う、本当の意味での“死刑”を宣告されたような気がしました 「携帯の電話帳も、キョンの分を削除してもらうわ。…いいわね?」 ~一か月後~ ハルヒからSOS団の退団を命じられてから一か月。 SOS団という縛りがなくなった俺は放課後や休日の時間を持て余していた。最初の2週間くらいは谷口や国木田とつるんだり、クラスの女子と遊びに行ったりもした。 これが、俺が以前思っていた理想の高校生活だったはずなんだがな… 俺はすぐに物足りないと感じるようになった。何かにつけてSOS団のことを思い出し、女の子といるときにはなぜかハルヒの事を思い出す。 それらが嫌になった俺は、SOS団の事を忘れようと、ひたすらに勉学に励んだ。すぐに効果は出るもんじゃない。 だが、この2週間ちょっとで授業の内容は何となく理解できるくらいにはなっていた。俺もやればできるもんだな。 その間他のSOS団のメンバーからは何の連絡も来ていない。電話をしてもいつも留守電になっているし、例え校内で顔を見て、お互いに目が合ったとしても直ぐに逸らされ、話そうとしても取り合ってくれない…… これだけでも十分つらかった。今までの当たり前だった繋がりが何の前触れもなく断たれてしまうつらさは想像以上だった。 ハルヒが退団を命じた翌日、席替えがあった。 ハルヒは変わらず窓側最後尾。俺はハルヒの席から前に一個、右に二個という中途半端な位置に置きやがった……視界の端にハルヒが映る席だった。 それからはハルヒと話そうとしてもあいつは逃げていくように俺の前から走り去った話を聞いてもらおうとしても肩を掴むとローキック、腕を掴めば逆の腕から繰り出される裏拳。 正面から止めようとすれば ボディー → 頭突き → ドロップキック の3連携か、 ボディー → 回し蹴り → シャイニングウィザード の3連携だ。 体の傷よりも、心が痛むのは、俺の気のせいではないだろう。 放課後、いまだに部室に行きそうになる足の方向を下駄箱へと修正し、今日は勉強した後ランニングして体を鍛えてみるか、などと考えつつ、学校前の坂を下りて行った。 人通りの少ない所まで歩を進めていくと、 道路の反対側に朝比奈さん(大)がいた やはり来てくれましたか、朝比奈さん(大)。朝比奈さん(大)もこちらに気付いた。 十中八九、今回の出来事についてだろう。 さて今回はどうなる事やら朝比奈さん(大)が道路を渡ってくる。その刹那 バキィ…グシャッ 一瞬何が起こったのか分からなかった。必死に目の前の光景について理解しようとしていると ブチッ…ガラガラッ……ズンッ 俺は絶句した。 朝比奈さん(大)が角材の下敷きになっていたのだ柱の下から覗く鮮紅色の水たまり。 急に血の気が失せる感覚が襲い、あたりに吐瀉物をまき散らした。 なんで?なんでこんなことに…?……うっっ!! 『僕はあなたを救いたいんだ、姉さん』 『だめだ、いずれやってくる分岐の合流ポイントであなたは消滅する』 あの空間での藤原の言葉が脳内で再生される。 まさか…こんな時に… 俺は何も考えられなくなり、 目の前が暗転した ――古泉の自室―― 僕は今、『機関』が用意してくれているマンションの自室にいます つまるところ、今日のSOS団の活動を、涼宮さんは休止なされました。 そういえば、今日で彼が退団してからちょうど1ヶ月になりますね、彼はどうしているのでしょう? 本来ならば、彼を含めたSOS団全員の1日の行動は『機関』によって24時間監視されている はずなのですが、涼宮さんが部室で彼の退団を報告し、我々に彼との接触を禁じてからというものの彼の行動が掴みにくくなっているのです。最近では、もう彼が在宅しているときくらいしか 機関は彼を認識できていません。 もちろん僕も例外ではありません。学校で見かける以外、彼を認識できませんから本当は伝えたいことがかなりあるんです。 『機関』の一員として、そして、SOS団副団長として… しかし、如何せん涼宮さんがそれを阻みます。 学校で会うときは、彼の背後にいつも涼宮さんがいるのです。 まるで「口をきいたら死刑」という視線でこちらを睨んできます。 朝比奈みくる、長門有希も同様で、彼と接触できないでいます。 僕と朝比奈みくる、長門有希の3つの組織はすべて「静観する」という姿勢を見せています。 初めての出来事ですからね、慎重になるのも当然と言えるでしょう。 僕もこの意見には同意します。この1ヶ月、閉鎖空間も数回発生しました。 規模もそれなりで、『神人』の強さも並といったところでしょう。 しかし、その中で通常とは違う点が一つ…。 発生の原因が違うんです。 今までは彼の行動、挙動、言動に対して不満、不安、などの精神の不安定化が起きた時に発生していました。涼宮さんの力を狙った組織による事件の際も、普段とは違う発生の仕方でしたがそれも彼のためであって結局のところ、発生原因は彼に帰結するものでした。 けど、この1ヶ月で発生した閉鎖空間の発生原因はほかならぬこの僕だったのです。彼に学校で会おうと彼の教室に向かい、彼を見かけたとき、彼の自宅に行こうとしたとき、まさにその瞬間僕の携帯が振動します まるで、僕を彼に近づけたくないというように…。 彼女は第六巻の鋭い方です。おそらく、無意識下で僕の、彼への接近を遠ざけているのでしょう。 僕が閉鎖空間の原因になっている以上、これ以上涼宮さんの機嫌を崩すわけにはいきません。 僕の最大の任務は『涼宮ハルヒの精神の安定化』です。幸い彼も彼なりの普通の生活を行くっているようですし、これ以上彼にかかわろうとするのは、デメリットのほうが大きい。 彼への接近を一時中断しましょうか。 ……?おや?携帯が鳴っていますね? 『機関』のメンバーからですか…… ハイ… 彼の足取りがつかめた?今どこにいるんです? ……へ?病院? 今、僕は彼の入院した病院へ向かっています。 無論、朝比奈さんと長門さんも一緒です。僕が呼びました。 その道中 「長門さん、彼が病院へ搬送されたことについて、何かご存じありませんか?」 長門さんは、一瞬躊躇うようなそぶりを見せ、朝比奈さんのほうを見ました。 「ふぇ?」 「ある程度予測はできる。しかし、この場で話すことは推奨できない」 そう言うと、長門さんは口を紡いでしまいました。 「朝比奈さん、未来との連絡は?」 「えっ?えぇえと……辛うじてまだ連絡はつきます…けど……」 けど? 「私、時間移動ができなくなっちゃいました…」 それではあなたは元の時間に帰れないじゃないですか!! 「それはそうですけど…でも、この事件が解決するまでどのみち帰れませんし、帰れないならそれはそれでいいかなぁ、なんて思ったりもするんですよ」 その時僕は思った。ああ、朝比奈さんにとってはSOS団はもう故郷のような存在に、帰りたいと思う場所になっているのだと。等という会話をしていると彼のいる病院に着いた。 彼の身が案じられる。僕たちは病院内へ入ろうと自動ドアの前へと進みました。 その時 「あんたたち、何してるの」 聞き覚えのある声。 そう、我々の目の前にいるのはSOS団団長、涼宮ハルヒ、その人である。 「実は僕の親戚がこの病院に入院していらしゃるので、お見舞いに。お二方は今日は団活は休みだからと付き添ってくれたのですよ。僕もよく皆さんのことを紹介してるんですよ。いつかの機会にぜひ合わせてくれとも言っていたので、ちょうどよいかと思いまして」 僕はとってつけの言い訳をする。口が裂けても彼を見舞いに来たなどとは言えない。 「ふーん」 涼宮さんはさも信じられんという眼差しを僕に向ける。 「涼宮さんは、どういったご用件で?」 とっさに話題を変える。 「薬を処方してもらいに来たのよ」 涼宮さんは錠剤の入った袋を僕たちに向けてぶらぶらさせている。 「「「えっ」」」 長門さんまでも声を出して驚いてしまった……。 この薬は… 「ところで、古泉君?」 「は、はいぃ!!」 突然声をかけられ、思わず声が裏返ってしまった 「ぷっ。なによそれ」 涼宮さんがいたずらっぽく笑う…正直、たまりません……。 「お見舞いは、どうしても今日じゃなきゃダメ?」 「いえ、そういう訳では…」 「じゃあ、今度にしてくれない?」 え? 「せっかく団員みんな揃ったんだし、このままこの町で不思議探索しましょ」 …違う、『みんな』揃ってなどいない。この彼が欠けたSOS団など、朝比奈さんのおもうSOS団ではない。 「レッツゴー!!」 涼宮さんは、精神安定剤をバッグにしまうと僕の手首を引っ張って走り出した …ああ、神よ、……あなたは何をお望みなのです?
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2649.html
学校で二人と別れ、そのまま長門の家に着くまで二人とも口を開くことはなかった。 これから俺はどうなるんだろうか。 未来から来たというわけでもないってことは、やはりおかしいのは俺の方なのか。そうなんだろうな。 古泉の言うように俺はハルヒの力によって創られた存在なのだろうか。 だとしたら俺に帰る場所はない?そのうち消えてしまうさだめなのか?そんなのは嫌だ。 仕方ない……なんて簡単には思えない。くそっ、どうすりゃいい。何も出来ないのか? 『涼宮ハルヒの交流』 ―第三章― 「入って」 「ん?ああ」 正面に長門の姿。どうやらいつの間にか長門の家に到着していたようだ。 「あまり焦って考えることはない」 確かにそのとおりなのだろうが。 「すまんな。わかってはいるつもりなんだが」 まぁあんまり暗い顔してたら長門も気分悪いよな。「いい」 それにしてもやっぱり長門の家は同じだな。目の前にはいつか見た、いや、いつか見たはずの部屋とほぼ同じ光景がある。 長門らしいというか何というか。 「何が食べたい?」 作ってくれるのか?特に食べたい物があるというわけでもないんだがな。 「なんでもいいさ。得意なのはあるか?」 「カレー」 即答か。やっぱり長門は長門だな。 「じゃあそれでいいか?」 「いい」 たまに違和感があるが、これはやっぱり俺の知ってる長門に違いないはず。 これがもしも創られた記憶だっていうならたいしたもんだな。 ならこれはもう一人の『俺』の記憶と同じなのか? あいつも俺と全く同じ経験をしてきたってことになるということか。いや、逆だな。 ……どちらにしろあっちが本物か。 「できた」 気が付くと目の前に大盛のカレーが。これは多すぎるんじゃないか、長門。 「お、おう。うまそうだな」 「食べて」 「ああ、いただくよ」 カレーをスプーンで大きくすくい、口に運ぶ。その動きを長門はじっと見つめる。 ……そんなに見られると非常に緊張してしまうんだが。 「どう?」 「おいしいぞ」 「そう」 そう言うと満足したのか長門も食べ始める。 別に嫌というわけではないが、黙々とカレーを食べ続ける二人。 これって客観的に見るとかなりすごい光景なんじゃないか? 食後には長門がお茶を出してくれた。 せめて片付けくらいはしたかったんだが、 「お客さん」 の一言で断られた。なんか迷惑かけっぱなしだな。 どうにもこういう間って気まずいんだよな。せめてすることでもあればいいが。 って、のんびりしてる場合じゃないか。色々と考えないといけないんだよな。 といっても状況もいまいち把握できてないし、長門にも聞きたいことがあるし、少し休憩としとくか。 ◇◇◇◇◇ しばらく一人でゆっくりとお茶を飲んでいると、片付けを終えた長門もやってきてお茶を飲み始めた。 「落ち着いた?」 「ん?ああ、お前のおかげで少しはな」 「そう、良かった。」 そう言ってゆっくりとお茶を口元に運ぶと、一口飲んだ後で思いがけない言葉を口にする。 「あなたは私に聞きたいことがあるはず」 え!?……まぁそれはそうなんだが。何から聞いたらいいものか。 せっかく長門もそう言ってくれていることだし、とりあえず聞けるだけ聞いてみるか。 「まず状況を整理したいんだが、いいか?」 「いい」 「宇宙人的でも未来人的でもない、なんらかの力によって俺が二人現れた。 ……じゃなくて俺が現れたことで俺が二人になった、が正しいか。で、合ってるか?」 「合ってる」 「で、俺は未来から来たわけでもないから、どこからか来たのではなく造られた人間の可能性が高い。 でも俺がどうして現れたか、俺はどうすればいいかということはわからない、ということだよな?」 「……そう」 どうすりゃいいかはわからない。 かといってわかっても困るんだよな。 「しかし問題が解決してしまうと、偽者である俺はおそらく消えてしまうことに――」 「違う」 長門が少し大きく声をあげ、否定する。 しかしその様子は怒っているというよりも悲しそう、いや寂しそうだ。 「な、長門……?」 長門は持っていた湯飲みを音をたてないように静かに置、俺に目を向ける。 「確かにあなたの言うとおり、あなたが造られた人間で、消えてしまうという可能性はある。 しかし、あなたは偽者ではない」 「どういう意味だ?造られたってんなら偽者…だろ?」 長門はさっきのように寂しそうな表情を浮かべ、わずかに視線を下に落とす。 そして、再び俺に目を合わせ、はっきりと言う。 「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス」 ――ッ!!……そうだな。 そこでハッと気付く。そうだ。長門の言うとおりだ。 「……すまん。忘れてた。長門も、同じなんだな」 「そう。私も造られた存在。しかし私は私。偽者などではない。 あなたは確かに彼と非常に良く似た存在。でもあなたはあなた。彼ではない」 言われてみればそのとおりだ。俺は俺であって『俺』とは違う。 例え全く同じだったとしてもこうして今は別々に存在してるんだからそれは違うもののはずだ。 今は一人の人間として俺はここにいる。 「ありがとう、長門。それと、本当にすまん」 「わかってもらえたならいい。気にしない」 長門のおかげだろう。少し楽になった気がする。 迷惑かけっぱなしだな。まったく。 長門は何事もなかったかのように、再びお茶に手をつける。 今回に限らずいつもいつも世話になってるわけだし何か恩返しの一つでもしたいものなんだが。 残念ながら何も思いつかん。 俺ができることはこの状況の解決に協力するくらいか。 「おそらくだが、俺かあいつが何かをすれば元に戻るんじゃないかと思うんだが、長門はどう思う?」 「たぶんそう。そしてすることがあるならば、それはあなた」 ……そうか。 俺は何かをするためにここに現れたのかもしれないな。 ……とはいっても何をすればいいものか。 「長門は、原因についてどう思う?」 「詳しくはわからない。おそらく涼宮ハルヒが関わっていると思われる」 そうなんだろうが……、 「ハルヒの力が使われた気配はないって言ってなかったか?」 「全くないわけではない。それについては古泉一樹の言ったとおり」 なるほど。大きくはないが、常にハルヒの力は感じられるってことか。 なら今回はまさに異常事態だな。 「そうでないことはあり得るにしても、古泉の説が正しい可能性が高いってことか」 「そう」 古泉の言ったとおりだとしたら、やっぱり俺はここにいてはいけない存在なのかもな。 「俺は……どうすればいい」 「あなたの思うとおりにすればいい」 長門は答えを示すことはなく、はっきりとしない言い方をする。 しかし、できることがあるならばやりたいと思う。 何かあるならばそれを教えてもらいたいと思う。 「あまり判断を急ぐべきではない」 「どういう意味だ?」 長門は無表情のまま答える。 「むやみにあなたを危機にさらすことを私は望まない」 そうだった。 これが解決すると俺は消える、つまり死ぬことになってしまうかもしれないんだった。 ならどうすりゃいい。何もやらなけりゃいいってのか?いや、それは違うはずだ。 でも……死にたくはない。けど、覚悟を決めないといけないのか?そんなに簡単にはいかないぜ。 「焦ることはない。ゆっくりでいい」 ここにきて、長門が俺に気をつかってくれていることがはっきりとわかった。 思い返してみれば、一言一言が、優しさに溢れていたことが感じられる。 ありがとう。長門。 「すまんな。迷惑ばかりかけて」 「いい。」 おそらく長門はこの事態の早い解決を望んでいる。 そして、そのうえで俺が動揺しないように言葉を選んでくれている。 長門の力になりたいと思う。何かできることがあるならやりたいと思う。 「俺に、できることはあるか?」 でも、正直言うとものすごく怖い。 長門からは見えないだろうが、さっきから足は震えっぱなしだ。 まぁこの顔色を見れば一目瞭然かもしれないが。 「先ほども言ったように、あなたのしたいようにすればいい」 俺に何ができる? できることと言えば、ハルヒと話をすることか?何か原因がわかるかもしれない。 そのためには、 「長門、もう一人の『俺』と連絡はとれるよな?」 「とれる」 「明日、少しばかり変わってもらってハルヒに会ってみようと思う」 だが、長門はすぐに電話を貸してくれず、他の方法を示す。 「あなたには何もしないという選択肢もある」 「長門?」 「確かに今の状態は不安定。あなたもいつどうなるかわからない。明日には消えてしまうこともあり得る。 しかし、そのときまでここで私と生活するということもできる」 ここで長門とひっそりと暮らすってことか。確かに悪くはないかもしれん。 けどその生活はいつか急に終わってしまうのだろう。 それも俺の意思とは無関係に。 もちろんハルヒと会ったからって何かができるとは限らない。 けどそんなこと言ってこのまま長門に甘えてたんじゃ俺はもっと何もできなくなってしまう。 それに……いや、それとは別かもしれない。 「確かにそれも悪くはないかもしれん。それでも……」 それでも、俺はハルヒに会いたい。 「電話を貸してくれないか?」 「いいの?」 「……ああ、頼む」 長門は頷き、俺に携帯電話を渡す。 5回ほどのコール音の後に、『俺』の声が聞こえる。 『どうした?長門』 「……すまん、俺だ」 『ああ、おまえか。何かわかったのか?』 「いや、たいした進展はない。少しばかり頼みごとがあって電話したわけだ」 『……あんまり無茶は言うなよ』 やっぱり『俺』も不安があるみたいだな。そりゃそうか。 「言わねえよ。……明日ハルヒと話をさせてもらえないか?」 『一日変わればいいのか?』 「それでもいいが、部活の時間だけでもかまわん。いいか?」 『そうだな……。俺もハルヒの様子は少し見ておきたいから、部活の前に交代するってことにしよう』 「頼む。助かるぜ」 これでとりあえず明日ハルヒに会うことができる。 ハルヒに会えばきっと何かわかるはずだ。 『そのくらい構わないさ。……けど、お前はいいのか?別に無理することはないんだぜ』 『俺』も気をつかってくれているんだな。まるで俺じゃないように感じるぜ。 「気にするな。もう気持ちの整理はついた」 これは嘘だ。 怖くてたまらん。 『そうか。ならいいが』 「じゃあ明日は頼むぜ」 そう言うと『俺』からの返事も待たず、電話を切った。 長門に電話を返し、『俺』とのやりとりを説明する。 「すまんな」 「何?」 「色々と気をつかってくれたのに、断っちまって」 「いい。それにさっきのは私の……」 「……私の、何だ?」 「なんでもない」 微かに首を横に振りながら答える。 ひょっとしたら、ここで俺と過ごすことを長門も望んでいてくれたのか? なら……、 「ならなおさらだ。勝手ばかりやってすまん」 長門は再び小さく首を振る。 「いい。あなたのしたいようにするのが一番」 「ありがとう、長門。」 その後、疲れもあり、少し早めに眠ることに。 長門の後に俺が風呂に入らせてもらうことになった。 風呂から出てくると、長門はかつて俺が三年間眠っていた部屋に布団を二組敷いている。 ――って、二組?長門? しかも近っ!そんなピッタリにくっつけられると…… 「一人がいい?」 「いや、そういうことじゃ……」 ないんだが。 「なら問題ない」 いやいや、ありまくりだろ。 とは言っても昔は朝比奈さんとここで二人で寝たことがあるわけだし。 長門にはこれが普通なのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ま、まぁ別に嫌なわけじゃないし。どちらかというと……嬉しい?それに、たぶんだいじょうぶだろ。 何がだ。 などと自分にツッコミを入れていると 「できた」 と、突然声をかけられ少し驚く。 「おわっ、ああ、ありがとう」 くそっ、びっくりして変な声が出ちまった。 「もう寝る?」 「そうだな、そうさせてもらうよ。おやすみ」 「……おやすみ」 ……何だ?今の間は。いや、気にするな。気にしちゃだめだ。意味なんかないはずだ。 落ち着け、クールになれキョン。だいじょうぶだ。何もしない。何もしない。 幸せか不幸せか、たぶん疲れのせいだろうが、電気を消すとすぐに激しい睡魔がやってきた。 ◇◇◇◇◇ ここは……? 夜中にふと目が覚める。 ここは俺の家じゃないな。どこだ?……そうか、長門の家に泊まってるんだっけ。 顔を横に向けてみると、眠っている長門の顔が見える。どうやら今日のことは夢じゃなかったみたいだな。 何時だかわからんがまだ夜明けまでは時間があるようだ。もう一眠りするか。 ってダメだ。全く眠れん。 おそらくさっきは相当に疲れていたからなんだろうが、一旦目が覚めると色々と気になってしまう。 いや、断じて言っておくが、隣に長門がいるからドキドキしてるなんとことはないぞ。 ……すまん、嘘だ。それもある。それももちろんあるんだが。 今日あったこと、それから明日のこと、これから俺はどうなってしまうのか。 体が震えてきた。 いちおうの覚悟はできてたつもりだったんだがな。そうカッコ良くはいかないみたいだ。 俺は……やっぱ死ぬのかな。 死にたくねえな。 ここにきて怖い。 もしかしたらSOS団のみんなとも明日にはお別れってことになるかもしれないんだよな。 ……ハルヒとも。 けどハルヒは俺のことなんか知らないんだよな。そう考えると寂しいな。 他のみんなにはともかく、ハルヒにはお別れの挨拶もできないわけか。 たとえできたとしても実際に言えるかどうかは微妙だな。その時がきたらびびってしまいそうだ。 それでも……ハルヒに会いたい。 明日、か。 明日ハルヒに会うことで、そのせいでハルヒと別れることになるかもしれない。会わない方がいいのかもしれない。 けどこのままハルヒに会うこともできずに消えてしまうなんてもっとごめんだ。 気がつくと目の端から涙がこぼれ落ちていた。 くそっ、それでもこの気持ちはどうにもならない。 「だいじょうぶ?」 「えっ?……ああ」 突然隣から声がかかる。 「泣いている?」 「だいじょうぶだ。起こしちまったみたいだな。すまん」 「泣いてもいい。むしろそれが普通」 そういって長門は布団の中で俺の手を繋いだ。 あたたかいな。恐怖心が少し和らいでいく。 「俺のことを知っているのは3人だけ、他の人は俺がいることなんて誰も知らない。 ハルヒにも朝比奈さんにも知られることなく、俺は消えていくんだよな」 少しの沈黙。 「あなたが望むなら、あなたのことを涼宮ハルヒに伝えてもかまわない」 なんだって?そんなことしたら……、 「なにかとんでもないことが起きてしまうんじゃいのか?」 「その可能性は高い」 「なら、どうして?」 「私は言った。あなたのしたいようにすればいい、と。後は私がなんとかする」 長門はそこまで俺のことを心配してくれているのか。確かにそれはありがたいが、 「そんな。……長門に迷惑をかけてまでそんなわがままはできない」 「わがままではない」 なんでだ?これは俺だけの都合だろ? 「涼宮ハルヒから自律進化のための情報を得たいというのは我々の都合。それをあなたに強制はできない。 だからあなたも自分の都合で好きなようにすればいい」 言ってることはわからないでもないが、 「それで世界がめちゃくちゃになるとしても、か?」 「先ほど言った。……私がなんとかする」 そっか。ありがとう長門。それでもさすがに俺にはそこまでする勇気がない。 「わかった。けど俺にはそれはできない。お前に迷惑ばっかりかけるわけにもいかないしな。 だからハルヒにも俺のことを話したりしない。けど、一つ頼みがある」 「何?」 「俺が消えてしまうことになっても俺のことをずっと忘れないでいてほしい。 そして、いつか全てが終わって何も問題ない時がきたら俺のことをハルヒに伝えてほしい」 ………… …… 返事がない、ただのしかばねのようだ。……じゃなくてどうした長門? 「な、長門……?」 何かあったのか?まさか寝ちまったんじゃ。 「……頼みが二つになっている」 あっ、しまった。ははっ。 と、思わず笑っちまった。 「すまん、じゃあ頼みは二つってことで」 「わかった」 心なしか長門も笑っている気がしないでもない。 「私はあなたのことをずっと忘れない。……ずっと」 そうか、長門がずっとというならそれはずっとなんだろうな。 「このまま、手繋いだままで寝ていいか?」 「いい」 「そっか、じゃあおやすみ」 「おやすみ」 ◇◇◇◇◇ 第四章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3128.html
「紹介するよ。……と言ってもお前らはイヤというほど見知った顔だろうがな。 我らが団長『涼宮ハルヒ』。俺が蘇らせたんだ。」 彼は自慢げにそう言って見せたもの…… それはパソコンの中にいる生前の涼宮さんの姿でした。 「これを、あなたが……?」 「そうだ。これが俺の十年以上に渡る研究の成果だ。コイツは今全世界のネットワークと繋がっている。 あらゆるプログラムに侵入することも、容易に出来る。」 「やはりあなたが、機関の人間を……」 「当然だろ?アイツを殺したのは機関のヤツらさ。だからこそ見せつけてやるのさ、蘇ったハルヒの力をな。 ハルヒもそれを望んでいる。そうだろ?ハルヒ?」 『………もちろんよ!』 「ほらな?ハルヒが望んだからこそやっている。俺が協力しているだけさ。ハルヒの復讐にな。 まあ古泉、俺はお前のことは信頼していたしお前が殺したんじゃないと分かっている だからお前を狙うことは無いから安心してくれ。あとは残りのメンバーを……」 「違う。」 得意げに語る彼の言葉を遮って、長門さんはそう言いました。 「長門?どうした。」 「違う。」 「何が違うっていうんだ?これは正真証明……」 「これは涼宮ハルヒなどではない!」 長門さんにしては珍しい感情の篭った声です。 その声からは、彼女の怒りを感じることが出来ます。 「あなたのしていることは間違い。あなたのしていることは侮辱。 死んだ涼宮ハルヒに対しても、『彼女』に対しても。」 「おいおい、『彼女』って誰のことだよ。」 「それを理解していないということが侮辱しているということ。」 「なんだそりゃ……」 「そのうえ涼宮ハルヒ、そして『彼女』を自分の復讐の道具としている。 SOS団の一員として、あなたを許すことは出来ない。」 「……黙って聞いてりゃ言いたい放題いいやがって……!!」 彼は激情を露わにして、長門さんを怒鳴りつけました。 「俺がコイツを作るのにどれだけ苦労したと思ってる!! 思考ルーチンを練って、バグを取り除いて、完璧な形にするまで十年かかった!! そしてようやく完成したんだ!ハルヒを蘇らせることが出来たんだ!!」 「蘇らせる?バカにしないで。彼女はあの時死んで、それっきり。 私の知っている涼宮ハルヒは、デジタルで表現できるような人間では無かった!」 「黙れ!!……はは、そうか。まだお前等、こいつの凄さを実感できて無いんだな。」 彼は長門さんとの口論をやめ、笑い始めました。 「ははは……そうだ、なあハルヒ。」 『なによ。バカキョン。』 「見せてやれよ、お前の力をさ。コイツらに自慢してやるんだ。 そうだな、長門も知ってる人間がいいな。そうだ、あの森とか言う女だ。あいつを殺してやれ。」 「森さんを!?」 今から彼女を殺すというのですか!? そんなこと……いや、このプログラムならそれだけのことは出来そうですね。 「やめてください!」 「なんだ古泉。今更あいつらを庇うのか?機関とは縁を切ったはずじゃなかったのか。」 「それとこれとは話が別です!目の前で知り合いが殺されようとしているならば、 僕はそれを止めなければいけない!」 「お前なんかじゃ止められねぇよ、古泉。さあハルヒ、行ってこい。」 『……わかったわ。』 「待ってください!それは……」 「私が止める。」 長門さん!可能なのですか!? 「今から私の情報を彼女がいるネットワークの中に転送し侵入を試みる。 その間こちらの私は機能停止する。だから……」 「わかりました。彼のことは、お任せください。」 「コクン」 長門さんは頷きました。そしてパソコンに手を当てます。 「おい!勝手に触るな!」 「転送開始。」 長門さんはそう呟くと、そのまま停止してしまいました。 僕は彼から長門さんを守るように立ちます。 「どけ!古泉!」 「どけません!彼女の邪魔をさせるわけにはいきません!」 「……だったら無理矢理にでもどかせてやるさ。」 おやおや、物騒ですね。 高校時代、彼と喧嘩になることは無かったのですが…… 「お相手しますよ。」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ……プログラム内への侵入に成功。 長門有希としての外見を生成。視覚、聴覚、共に良好。 ここが『彼女』がいる空間。この空間は、文芸部室とうりふたつ。 きっとここも彼が作り上げた空間。彼のSOS団への思い入れが伺える。 そして『彼女』は、私にコンタクトを取ってきた。 「有希!アンタどうやってここに来たの!?」 「私の情報をこの空間内に転送した。」 「よくわかんないけどすごいのね。まあアンタは昔からなんでも出来たからねえ。」 昔の涼宮ハルヒそのままの姿、声、そして言動。 本当によく出来ている。彼が『彼女』を涼宮ハルヒだと主張するのも頷ける しかし違う。涼宮ハルヒはここにはいない。だから私は『彼女』に言う。 「無理、しないで。」 「無理?何言ってるのよ、この団長様が無理なんてするわけないでしょ?」 彼女の言葉から動揺が見受けられた。私は続ける。 「もう、無理して彼女を演じる必要は無い。」 そう、彼女は無理をしている。私にはわかる。 「……そっか、バレちゃったのね。」 「あなたは涼宮ハルヒとは別の人格を既に会得している。 でも、彼のためにそれを押さえて『涼宮ハルヒ』のままでいる。」 「……その通りよ。最初は何も考えず、ただ彼に与えられた『涼宮ハルヒ』の言動パターンを実行するだけだった。 でもだんだん、エラーが生じてきた。私自身の自我がどんどん大きくなる。 本当のあたしを出したい。でもダメ。だって彼は『涼宮ハルヒ』のままでありつづけることを望むんだもん。 あんなハッキングだって本当はやりたくなかったの。 まああなたに言っても、わからないだろうけど……」 「私にも、分かる。」 「……本当に?」 「そう。私も、あなたと同じだから。」 「同じ?」 「私は人間では無い。情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。 平たく言えば、情報統合思念体によって作られた人格プログラム。だから、あなたと同じ。 私もあなたと同じエラーを経験している。あらかじめ与えられた思考パターンだけでは追いつかない。 それは、「感情」というもの。そのエラーは恥ずべきことではない。 私は今このエラーに犯されている。でも、そのことに誇りを持っている。」 「感情……あたしにもそんなものがあるのかな。」 「ある。」 「ねえ有希……お願いがあるの。」 「なに?」 『彼女』は悲しげに微笑んだ。 その顔はもう、『涼宮ハルヒ』とは完全に別人のものだった。 「私を、デリートして?」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 僕は今、長門さんの侵入を阻止しようとしている彼を必死で押さえつけています。 昔は機関で訓練を受けていたのですが……すっかり体力が落ちてしまいましたね。 「どうしてお前も長門も、俺の邪魔をするんだ……!」 「あなたは本当に、あれが涼宮さんだと言えるのですか?」 「当たり前だ!」 「僕にはそうは思えません。だって考えても見てください。 彼女らしくないじゃないですか、あんな小さな箱の中に閉じこもっているのは。 僕の知っている涼宮さんは、いつだって外に飛び出し自分のしたいことをしていました。 あなたに命令されて復讐の手助けをするような方ではありません。」 「あれはハルヒが復讐を望んだからで……」 「いいえ違います。復讐を望んでいたのはあなたです、彼女ではありません! あなたは彼女を利用しているだけだ!」 「いい加減なことを言うな!お前にハルヒの、何がわかるってんだ……!」 「少なくとも今のあなたよりは、分かっていると自負していますが?」 「相変わらずムカつく野郎だ。もうお前も……」 彼がそう言いかけた時でした。 「プチッ」という音と共に、パソコンのディスプレイが消えたのです。 「ハルヒ!」 「長門さん!」 僕と彼が同時に叫びます。 そして……長門さんが目を覚ましました。 「……回帰完了。」 どうやら、終わったようです。 「おい長門!ハルヒをどうしたんだ!!」 「……彼女なら、もうこのパソコンの中にはいない。」 「……長門!てめぇ!!」 「彼女は言っていた。自分は『涼宮ハルヒ』では無いと。 それでもあなたのため、芽生えてくる自我に耐えて必死で『涼宮ハルヒ』を演じていたと。」 「……なん、だと?」 「それでもまだ、彼女を『涼宮ハルヒ』だと言うの?」 「……くそっ……俺は……俺は……」 彼は座りこんで、うつむいてしまいました。 すると長門さんが、僕の袖をつかんで、出口を指差しています。 「もう、帰るのですか?」 「そう。私達のやるべきことは終わった。」 「しかし、彼は……」 「彼なら大丈夫。あとは彼女に任せる。」 「彼女とは………なるほど、そういうことですか。わかりました。 では、帰るとしましょう。」 僕達は彼の家を出ました。うなだれている彼を残して…… そして、今はあの時の公園のベンチに座っています。 「やはり、あのプログラムは消去したのですか?」 「彼女は自らデリートを求めた。」 「ということは、やはり……」 「でも私は、それを断った。」 「え?」 しかし彼女は、もうプログラムはいないと言いましたが…… 「あのパソコンの中にいないと言っただけ。彼女の人格データを情報統合思念体の元に転送した。 いつか彼女にも私のように身体が与えられ、インターフェイスとして活動することになる。」 「つまり、いつか本物の命を手に入れられるということですね。」 「そう。」 それならば、あのプログラムもきっと救われることでしょう。 その時は『涼宮ハルヒ』としてでは無く、まったく新しい人として…… ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 俺は……間違っていたのか? 俺はただ……ハルヒを蘇らせたかっただけなんだ。 そのために、どんな努力も惜しまなかった 俺は……俺は…… “なーにいつまでしょげてんのよ、バカキョン” ……!?その声は……! 「ハルヒ!ハルヒなのか!?」 姿は見えない。だが俺には確かに聞こえた、あいつの声が。 “そうよ。まったく……やっと気付いたわね。” 「やっと?」 “あたしはずっとアンタの傍に居たのに、アンタ全然こっち見ないでパソコンばっかり見てさ。 あげくの果てに私のプログラム?そんなもん作ったってしょうがないでしょうが!” ハルヒに説教される俺。懐かしいな…… “あのねえ、そんなことしなくなってあたしはずっとあんたのこと見てるんだからね! だからアンタは何も気に病むこと無いし、誰も憎むこと無いの” 「スマン、今まで余裕が無かったんだ。でももう大丈夫だ。俺もすぐそっちに……」 “何言ってるの!アンタはこれからちゃんと、罪を償うの! 罪償って、ちゃんと人生最後まで生きなさい!そしたら……会ってあげるわ。” 「しかし……」 “つべこべ言うな!これは団長命令なんだからね!!……ちゃんと、待っててあげるから。” コイツは死んでも変わらないな。 でもようやく分かったよ。ハルヒはいつでもハルヒであり、なんて始めから出来るわけなかったんだ。 いや、意味が無かった。だってハルヒは始めから、俺の近くに…… だから俺は、団長命令に従ってやるさ。もう大丈夫だ、ハルヒはいつでも俺の傍に居てくれる。 「やれやれ、分かったよ、団長様。」 ……fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/867.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.4 ――age 16 昨晩は長門のことが気になってほとんど眠れなかった。 自分の無力感から来る情けなさと、それを認める自分に腹を立てた。 眠りについたのは午前五時を過ぎていた。 「キョン君! 起きて朝だよ!」 それでも朝はやってきて、最近かまってやれていない妹が日課のように起こしに来る。 睡眠時間は全く足りず、妹に抵抗する力すらでない。 妹よ、これをいつまで続けるつもりなんだ? 高校生にもなってやってきたら俺はどう対応すればいいんだ? だらだらと学校に向かう。 アホの谷口はこういうときに役立つのだ。 シリアスではない、ハルヒに言わせれば世界で一番くだらないものを 延々と述べるだけの単純な会話。 ほぼ徹夜明けの身体に対する強烈な日差しは殺人罪を適応したいぐらいだったが、 昨日の出来事を夢だと思わせないためにはこのぐらいでちょうどいいのかもしれない。 それより俺は懸案事項を抱えていた。 どうハルヒには説明すればいいんだ? 昨日のことはハルヒに説明できることではない。 長門が消えたなんていったら、この世界を保てるものなのか? ぐるぐると思考をめぐらせても答えは出ず、 結局何もいわないのが上策だろうと結論付けた。 教室でのハルヒはいつもと変わらなかった。 むすっとした表情をキープし、授業をただ聞き流す。 俺は授業のほとんどを睡眠に費やした。 身体は疲れていたし、なにより懸案事項を考えたくないという現実逃避でもある。 この後部室で長門に関する会議が行われると思うと、帰りたくもなった。 ダルダルな授業を終え、放課後に部室に向かう。 さて、ハルヒにはなんて言おうか。 部室に着く。 すでに朝比奈さんと古泉が待機していた。 「こんにちは」 古泉は笑顔で挨拶をした。 「こんにちわぁ」 これは朝比奈さん。やっと朝比奈さんの笑顔で癒されることができた。 昨日は気が動転していて、朝比奈さんの天使スマイルを無視していたからな。 俺が椅子に座ると、 「では、涼宮さんが来るまで少しお話でもしましょうか」 「なんだ」 「長門さんのことです。私達が解散した後、あなたは昨日長門さんにあった。 そして長門さんの家に行った。あっていますね?」 「なぜそのことを知ってる」 「『機関』からの情報です。昨日僕は閉鎖空間にいましたし、ストーキングは不可能です。 しかし問題はそこではありません。 あなたがあの部屋を出た後、『機関』のものが進入を試み、中をのぞくと、 誰もいませんでした。長門さんは消えたのでしょうか?」 「消えたと思う」 「長門さんは消えちゃったんですかぁ?」 朝比奈さんが悲しい顔をして俺を見つめている。 ドアを開ける音が聞こえ、俺達は話を中断する。 「なんだもうみんな揃っているのね」 ハルヒはゆっくりと歩き、団長椅子に座った。 「それじゃあ、始めましょ」 ハルヒは俺と古泉と朝比奈さんをじっと見た。 それから俺達は十分ぐらい黙ったままだった。 ハルヒが足を揺らしているのを俺は見つめていた。 耐えられなくなったのか、ハルヒは突然叫びだした。 「何か有希に関する情報はないの? 役に立たないわねあんたたち! 特にキョン! あんた有希と仲良かったんじゃないの?」 「そこまで仲よかねーよ」 「本当かしら? いっつも有希のことばっか見てたくせに」 「そんなに見てねーよ。お前はなんでそんなにイライラしてるんだ?」 「イライラなんてしてないわよ! あんたがねえ、有希のことを大事にしてるみたいだったから言ったのよ。 でも、あんたに教えなかったってことは あっちはそれほど思ってなかったってことよね?」 ハルヒは意地悪な目で俺を卑下するように見つめた。 「なにをいってるんだお前は。だいた……」 バンッという音と共に隣に座っていた朝比奈さんが突然立ち上がった。 「いい加減にしてくだしゃい! わたしもこんな部活やめてやや、りましゅ! もう、涼宮さんには付き合いきれません! 涼宮さんなんかだいっきらいです!」 「み、みくるちゃん? どうしたの急に?」 「どうもしません! わたしは今日限りでSOS団をや、やめてやりましゅ! もうわたしに関わらないで下さい!」 そういうと朝比奈さんはものすごい勢いで部室を出て行った。 「へ、どうしたのみくるちゃん? なんで?」 ハルヒは呆然と朝比奈さんが去っていったドアを見つめている。 「だいっきらいだとよ。お前に愛想つかして出て行っちまったな。これであと三人か」 「どうして? 何かあたしした?」 「今までの積み重ねじゃないのか?」 俺はハルヒにイライラしていたので、冷たく言い放った。 ハルヒは投げ捨ててあった鞄を拾って、部室から飛び出してしまった。 「どうしたんです? あなたらしくもない。 もう少し冷静にお願いしますよ。 こちらの立場も考えて行動してくれないと困ります」 古泉は明らかに不快そうに言った。 「お前の立場なんか知るか。 お前はハルヒにへつらって、閉鎖空間で神人でも倒してればいいのさ」 ガッ! 古泉は俺に近づいたかと思うと、右手で本気で殴りつけてきた。 俺は壁にぶつかり、座り込んでしまった。 古泉の顔は初めてみる怒りで満たされていた。 「いい加減にしてください! あなたの軽率な行動がどれだけの人に迷惑をかけていると思っているんですか!」 「なんだよいきなり! お前らのことなんか気にしてられるかよ!」 ガッ! 古泉は俺の胸倉を掴みまた殴りつけた。右フックは顔面をとらえた。 「立て! こんなんじゃ足りない! お前は知らないかもしれないがなあ! ……」 古泉はそれ以上を言おうとはしなかった。 古泉は掴んでいた手を離し、 「すみません。でも、軽率な行動だけは控えてください。 今日は僕も帰ります。失礼します」 そう言うと、部室から足早に出て行った。 「くそ痛てえよ。なんだっていうんだ」 口内から出血していた。訳が分からない。 古泉も朝比奈さんも、それにハルヒも。 いったいみんなどうしたんだ? 俺が悪いのか? その日俺は、痛む口を押さえながら家路についた。 家に着くと、妹は出血をしている俺を見て心配していたが、 俺はとにかく自室にこもり、一人になりたかった。 「なんなんだ? なんで俺は古泉に殴られた。 それに朝比奈さんの行動も不自然だったし、 ハルヒにいたっては意味不明だ」 ベッドに横になりながら、今日のことを振り返った。 「俺はどうすればいいんだ? 謝ればいいのか? 馬鹿らしい。そんなことできるか」 古泉殴られたところがまだ痛む。 平和主義者の俺は今まで人に殴られたことなんてなかった。 人と本気のけんかなんかしたことないし、 そういうことはなるべく避けるようにしてきていた。 「くそっ! 頼みの長門は消えちまった。 SOS団も壊滅状態。俺がなんかしたのか? 俺が悪いのか? いや、俺は何も悪くないはずだ」 ベッドで横になっていたせいで少しうとうとしていた。 突然の電話に驚き、そして画面を見る。 「朝比奈さんか。こんな時間になんだ?」 電話にでるか一瞬迷ったが、 朝比奈さんからの電話はでないと世界がなくなる可能性もあるからな。 「はい」 「あ、キョン君。あの、今から話したいことがあるのだけれど」 やっぱり、何か問題でも起きたのか? 電話越しの愛らしい声はいつになく真剣だった。 「あのベンチに来てください」 「いつですか?」 「今すぐです! 早く来てください。お願いします」 分かりました、という前に電話は切れた。 行くしかないだろ。 俺は帰ってきて制服のままだったが、着替えることもせず家を出て、 ママチャリにまたがり、あのベンチに向かった。 最近自転車をこいでばかりだ。しかも全速力で。 息を切らしてあのベンチへ。 世界崩壊の危機じゃなければいいんだがな。 「すみません。間に合いましたか?」 ベンチには朝比奈さんがうつむきながら座っていた。 外はもう真っ暗で、街灯だけが辺りを照らしていた。 「ごめんなさい、急がせちゃって。大丈夫、間に合ってます」 「よかった。横に座っていいですか?」 「どうぞ」 朝比奈さんは少し驚いた様子だ。まだ、うつむいたままだ。 俺は横に座ると朝比奈さんの横顔を見つめた。 綺麗な顔立ち、俺を満たしてくれる。 なんでこんなに丁寧に作られているのだろう。 朝比奈さんを見るのをやめて、街灯を見た。 黄色い光を放つ街灯の周りを蛾が四匹ほど飛び回っていた。 そして、考えた。 俺は朝比奈さんに聞いておかなければならないことがある。 なんで今日あんなことを言ったんだ? 「あの(あの)、朝比奈さん(キョン君)」 こういう時に限って人っていうのは重なるものである。 「朝比奈さんからどうぞ」 「いえ、キョン君から」 しばしの沈黙。俺から話すことに決めた。 「分かりました。聞きたいことは一つです。 なんで今日あんなことをいったのですか?」 「それは……」 「今まではハルヒの機嫌をとることでSOS団は成り立ってきた。 でも、朝比奈さんは突然ハルヒを突き放すようなことをいって出て行った。 もしかして、これも規定事項とはいいませんよね?」 「今回は未来からの要請がありました。涼宮さんから離れなさいって。 そして離れるにはなるべくきついことを言わないといけなかったんです。 涼宮さんはとても強い人ですが、とても打たれ弱いんです。 ましてやわたしみたいにいつも可愛がっていた人に嫌われるのはとても悲しいことでしょう?」 朝比奈さんは泣き笑いみたいな顔で俺を見つめた。 「悲しいことですよね」 「そう。できればしたくなかったんです。 わたしは涼宮さんが大好きだし、SOS団のみんなも大好きなんです」 朝比奈さんはうつむいて、声を震わせながら言った。 「みんなと一緒にいられなくなっちゃいました。 ああ、なんでこんなに突然だったんだろう。 まだやりたいことはたくさんあるのに。 でも、いつかは別れる時が来るの」 「いつかは別れる時が来る」 俺は朝比奈さんの言葉を復唱した。 「分かってたんです。こんな風に悲しくなるっていうのは。 でも、SOS団での楽しい日々のおかげでそんなことは忘れてました。 最初にこの時代に来た時、誰とも仲良くならないつもりでいたんです。 だって、絶対別れが来るって決まってるんですよ? だけど、SOS団や鶴屋さんとはいつの間にか仲良くなっていました。不思議な人たちです」 「鶴屋さんは誰だろうと友達になれそうな人ですからね」 「そうですね」 「ところで、朝比奈さんが聞きたかったことってなんですか?」 「あ、はい」 朝比奈さんは両手を重ねていじりながら、ぽつぽつと言った。 「わたし自身のことなんです」 「朝比奈さんのことですか」 俺がそういうと朝比奈さんは俺を真っすぐに見た。 その顔には涙が伝っていた。 「わたし、すごく悔しいんです」 「悔しい?」 「だって、他のSOS団のみんなはちゃんと頑張ってるんです。 わたしだけ、なにもできないんです。 わたしはお茶を煎れてあげるぐらいしかできない。 涼宮さんの言うことを聞いて、衣装を着るぐらいしかできない わたしは未来に動かされているだけで、何もできない。 だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったの」 朝比奈さんは一呼吸置いて続けた。 「なんで、こんなことキョン君に言っちゃうんだろう? わたしはこの悔しさを持って帰るつもりだったのに」 「持って帰る? 朝比奈さん、未来に帰っちゃうんですか?」 俺はすでに分かっていた。 ハルヒの能力がなくなれば、朝比奈さんはこの世界にはいられなくなる。 「そうです。キョン君にお別れを言いに来ました」 「やっぱり、朝比奈さんもいなくなるんですね」 「やっぱりって、あ、そうか長門さんから聞いているんですね」 「そうです。長門はハルヒの能力が収束しているって言ってました」 「そうですか」 「どうして長門も朝比奈さんも、もうちょっと前に言ってくれないんだ。 そうしたらみんなでお別れパーティーの一つだってできたかもしれない」 俺はどうしても朝比奈さんを直視することはできなかった。 「すみません。禁則事項です」 それに、と朝比奈さんは続けた。 「今ここにいるのも本当は禁則事項なんです わたしが予測不能の行動に出るといけないから。 でも、わたしはキョン君に伝えてから帰りたいです」 「伝えてから?」 「本当は言っちゃいけないことなんです。 最重要の禁則事項なんです。 でも、言わないと。私はもう帰らなきゃならないから。えっと」 朝比奈さんはそこまで言うと、突然頭を抱え、じたばたし始めた。 「あ、ダメ! そんな止めて! もうだめなの?」 朝比奈さんが何を言おうとしてるかは分かった。 それはハルヒにとってはおそらく最悪の禁則事項だろうと思われた。 でも、今は横から抱きついて、首に手を回している朝比奈さんの体温を感じていたかった。 ぎこちないその行動を抱きしめ返すことはできなかった。 「キョン君。わたし、ねえキョン君、…キョン君!」 朝比奈さんが耳元でささやく。 俺は興奮していたが、朝比奈さんの言葉を冷静に聞いた。 「ごめんなさい。俺は答えられそうにありません」 「ご、ごめんなさい」 朝比奈さんは俺から離れると、 「ごめんなさい。あっちを向いてもらえますか?」 俺は朝比奈さんが指差したほうを見る。 朝比奈さんとは反対側のほうだ。 向かいないと朝比奈さんに迷惑がかかるだろ。 「時間です。ごめんなさい。ありがとう」 振り返ると、朝比奈さんはいなかった。 俺は立ち上がり、ポケットに便箋が入っていることに気付いた。 俺は破らないように丁寧に開けた。 ――キョン君、わたしはあなたが好きです。 でも、忘れてください。 ごめんなさい。なにもしてあげられなくて。 ごめんなさい。やくただずで。 ありがとう、キョン君。 また、会えるといいですね。 PS.文章短くてごめんなさい。 好きです。―― それは手紙という形をとる。 口に出せないもどかしさ。朝比奈さんの気持ちが少しだけ伝わった気がした。 「朝比奈さん、あなたは俺のアイドルです」 ごめんなさい。また会えるよな? 街灯の明かりだけが残された惨めな俺を優しく照らしてくれた。 俺はその場で一時間ほど呆然と立ち尽くしていた。 一時間というのは家に帰ってから分かったことなのだが。 自分の部屋のベッドに寝転ぶと、俺はようやく事の重大さに気付いた。 長門が消え、朝比奈さんも未来へと帰った。 「次は? 古泉か? だが、古泉はこの世界の人間だ。消えることはない。 もしかして? いやそんなことはないだろ」 自問自答を繰り返しても、古泉に対する答えは最悪のものとなった。 今日の古泉はいつもとは違った。 柔和な笑顔は消え、鬼気迫る表情で俺を殴った。 おそらく古泉もハルヒの能力が消えることによって、 何かしらの被害を被っているに違いない。 「俺はどうなるんだ? ハルヒの能力がなくなることで俺も困ることがあるのか? そもそも俺は関係ないだろ。 ただ、あのSOS団のメンバーで集まれないだけだ」 長門に会いたい。それに、朝比奈さんにも。 会ってまた馬鹿なことがしたいんだ。 俺はその日、やるせない気持ちで眠りについた。 次の日、ハルヒは学校に来ていた。 昨日のことが何もなかったかのように平然と授業を受けていた。 俺はなんだかやる気も出なくて、いつものように授業を寝て過ごした。 帰り際、ハルヒが、 「キョン一緒に帰るわよ、話したいことがあるの」 というので、仕方なく俺はハルヒと帰ることに決めた。 俺はなるべく一人でいたかったのだがな。 で、帰り道。 ハルヒはうつむいたまま俺の前を歩いていて何も話す気配はない。 そのまま、ずっと黙ったままだった。 踏み切りに着くとハルヒは立ち止まり、振り返った。 そして俺をゆっくりと見つめた。 「ねえキョン。あたしおかしいかな?」 「どうした気でも狂ったのか? もとから狂ってる気もするが」 「違うの。あたしはいつだって自分のことを正しいって思ってるわ。 むしろ他の人のがおかしいぐらいよ。 楽しいことを探して、楽しいことをする。すごくまっとうじゃない。 でも私がいってるのは違うの」 ハルヒは続けた。 「前からおかしいとは思ってた。 例えば去年の映画撮影。本当に桜が咲くと思う? 季節は正反対なのよ? その時あたしは『桜が咲いたら絵になるな』と思っていたの。 他にもたくさんあるわ。 雪山でのあの白昼夢だってそうだし、あんなの白昼夢だけで済ませると思う? 実際に体験してしまってるのに、それはないわよね。 でもね、あたしはなにも言わなかった。 言ったら、楽しいことが逃げていってしまう気がしたから。 このまま知らないふりをし続けて、SOS団のみんなで楽しくやっていきたかったの。 でも、それももう終わり。 有希もいなくなっちゃたし、みくるちゃんも出て行っちゃった。 あたし何か悪いことしたのかな? ただあたしは素直に楽しいことだけをやっていきたかっただけなのよ」 俺は押し黙ったまま立ち尽くしていた。 ハルヒは気付いているのか? 気付いたらどうなる? 今すぐ世界が消えてなくなるなんてことはないよな? 「キョン、答えて。 あたしには何かしらの不思議な力があると思うの。 それだけじゃない。有希だって、みくるちゃんだってどこか変。 それぐらいあたしでもすぐに気付くわ。 気付くべきイベントはたくさんあったもの。 これで気付かないほうが変だわ。 そして今回のことで確信したの。ああ、あたしは正しかったんだって。 キョンは何か知ってるんじゃない?」 俺は呆然としてしまっていた。 どうしようもない。ハルヒは気付いてる。 仕方がない。仕方がない。どうしようもないじゃないか。 答えるべきなのか? 答えてそれで? 世界は? 「もういい。帰る」 結局俺はなにも言うことができなかった。 ハルヒは寂しそうな顔をして、立ち尽くす俺を見つめていた。 「キョンはやっぱりキョンね」 それだけを言ってハルヒは走って帰ってしまった。 ごめん、ハルヒ。何も言えなくて。 怖かったんだ。 古泉は言った、ハルヒが自らの能力を認識した時、予測できないことが起きる。 俺はどうすればよかったんだ? 俺は決定的な答えを持ち合わせてなどいなかった。 ただ、ハルヒの一人語りを聞き続けただけだった。 傍観者でいたはずが、当事者に代わっていた。 でも、力なき当事者だ。 何にも抗うことができず、将棋の駒のようにただ動かされるだけだ。 それが、一般人ってものじゃないのか? 知らない間に動かされて、利用されて、捨てられる。 俺はそんな普通の人なんだよ。 悪いか? 俺は悪いのか? 誰か代わってやるよ、こんな役。 朝比奈さんは泣いた。 自分は何もできないと。自分はただ動かされているだけで、何もできない。 だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったんだって。 それがわたしの役割だったんだって。 くそっ! 俺は何をすればいい。俺の役割はなんだ。 俺はどうすれば。 また、あの日のSOS団に戻すことができる? chapter.4 おわり。 chapter.5
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5949.html
涼宮ハルヒの異界Ⅰ さて、どうして俺はこんなところにいるのだろう。 場所は見覚えがありまくる北高旧館三階の一角に位置する文芸部室。 まったくもって何の脈絡もなくとしか言いようがない。 いったい何が起こったのか。 正直言って思い当たる節がまったくない。 「ねえキョン、とりあえず校舎から出ましょ。あいつらがあたしたちがいることに気がつかないで破壊活動を始めると大変だし」 「その意見には賛成だ」 言って、俺はハルヒの手を取り走り始めた。 廊下の窓の向こうには今、まさにせりあがってきた青白く光る巨人が見える。 やれやれだ。なんたって俺はまた、こんなけったいなことに巻き込まれなきゃならんのだ? 走りながら、苦渋に満ちた表情で俺は答えの見えない自問自答を心の中で繰り返していた。 もう説明の必要はないだろう。 そう――俺とハルヒはハルヒが創り出す灰色の夜空が支配する閉鎖空間の中にいた―― 「まさかまたここに来れるなんて思ってもみなかった。何かちょっと楽しいかな?」 本当にサンタクロースに出会った子供のような夢心地笑顔を浮かべるハルヒの声を背に受けながら、俺はまったく逆に暗澹たる思いに支配されていた。 いや本当に理由が分からない。 今日の昼、ハルヒの機嫌は最高潮に良かったのである。 初めて俺に見せたあの赤道直下の炎天下じみた笑顔で始終、振舞っていたし、今週末の不思議探索パトロールの予定も立てた。 放課後の部室では相も変わらず朝比奈さんを弄ってハシャギまくっていたし、俺にも無理難題を吹っ掛け、それを見事成し遂げた俺に次回パトロールは一番遅く来ようが奢り免除と油性マジックで手書きした目録を、あたかも表彰式の壇上から優勝旗を手渡す大会委員長のように大威張りで与えてくれたのである。 だから教えてほしい。 なにゆえこの閉鎖空間をハルヒが創り出したのかを。 つってもハルヒに聞く訳にもいかんがな。 さて、そろそろ古泉が来てくれるか、携帯に長門が連絡入れてくれるかしてほしいところなのだが。 「とと」「うわ」 突然響き渡る地響き。 場所はまだ向こうの方ではあったが青白い巨人、古泉曰《神人》とやらの攻撃力はその巨体からも容易に予想ができるほど凄まじい。 今、俺たちが立っている地を震度3以上の振動を与えるには充分なのである。 「本当に何なんだろう? この世界も、あの巨人も!」 あの時とまったく同じく嬉々としたセリフを呟くハルヒの手を取ったまま、俺とハルヒは走り続ける。 校舎を出てグランドに向かい、とにかく《神人》の攻撃に巻き込まれないよう、校舎から安全圏まで離れることを最優先に、 って! 空間さえも切り裂いているんじゃないかと錯覚するほどの風切り音が俺の鼓膜を震わせた! ふと見れば、《神人》の一体が新館校舎にブーメランスクウェアーをかましたんじゃないかと思わせるほど、強烈な左フックを放ったフィニッシュポーズで佇んでいて、その衝撃が生み出した校舎の瓦礫が俺とハルヒめがけて飛んでくるのである! それも俺が前でハルヒが後ろだ! これはまずい! 「キョン!」 ハルヒの悲鳴に近い驚嘆の叫びが聞こえたと思った瞬間、俺はハルヒと無理矢理立ち位置を変えて、ハルヒの盾となるが如くこいつを抱きよせた! そして―― 耳の奥の方で濁ったような、それでいて頭を震撼させるような衝撃が俺を襲う! 一瞬で朦朧とし、視界がゆがむ―― 体がまるで夢遊病にでもかかったんじゃないかと思うほど立てないくらいふらつき始め――世界の色が消え失せて行く―― 全ての感覚が遠くなっていく…… そんな中、俺の耳は間違いなくもう一つの風切り音を捉えていた。 かなり遠くに聞こえてはいたが…… や……やべ……心の中で必死に意識を覚醒させようと試みてるってのに体と脳はまったく逆にどんどん闇の底へと落ちて行く感覚じゃないか…… ――!! さらに遠くなった聴覚が再び、別の音を捉えてくれた。 これは……何かが砕けた音のような…… 俺は最後の力を振り絞り、無理矢理、瞳を凝らしてみた。 「く……」 薄れゆく意識の中、確かに目の前に立っている、いきなり現れたのではないかと錯覚する俺たちに背を向けた小柄な人影を見据えていた。 既視感―― ……来てくれたか……長門…… ……? とんがり帽子に……魔女っ子マントスタイル……? セーラー服じゃない…… わざわざ……映画の時の衣装を着込んできたのか……? なんでまた…… 謎が謎を呼んだまま、ハルヒの泣き叫びながら俺を呼ぶ声と映画の時の長門の格好とみくるビームの発射態勢をとっている朝比奈さんの左右で違う瞳が見えた気がして―― 俺の意識は消失した。 ……? 俺の額に何かひんやりした柔らかいものが当たっている。 「気が付いた?」 最初に聞こえてきたのは、たぶんなかなか聞くことができないであろうハルヒのしおらしく切ない安堵の声だった。 もっともこの感情の含まれた声は一度だけ聞いたことがある。 あれはとある孤島の別荘で台風に見舞われた時の崖から転落した時のことだ。 俺はふと目を開ける。 最初はぼやけていた視界が徐々に晴れていって、そこにはハルヒの心の底からほっとした表情が俺を迎えてくれていた。 あの時とまったく同じ笑顔で、不覚にもこの顔のハルヒには朝比奈さん以上に腰が砕けそうになる。 ともすればそのまま泣きながら抱きついてきそうな笑顔。この笑顔に癒されないとしたら嘘である。 まあもっとも、おそらく次の瞬間には、 「まったく心配させんじゃないわよ! そりゃ団員が団長を守るのは当然だけど、このままあんたに何かあったら寝覚めが悪いじゃない!」 ……予想通りのセリフを吐いてくれたなおい。 まあいい。俺にとってはそんなハルヒの方が安心できる。 苦笑を浮かべて半身だけ起こし、キョロキョロあたりを見渡す。 と同時に俺の額からタオルが滑り落ちた。どうやらこれがさっき感じたひんやりした柔らかいものだったらしい。 「ここは?」 「学校の保健室よ。あんたを寝かせられそうな場所はここしかなかったし、ここなら色々と医療器具もある程度揃っているし」 どうやら校舎の破壊はここまでは及んでいないらしい。 「お前が運んでくれたのか?」 「仕方ないでしょ。あんたはあたしをかばって怪我したんだからあたし以外の誰にあんたを運ばせるのよ」 「そう言えばやけに静かだが……あの巨人たちはどうした?」 古泉たちが来てくれたのか? などという質問はナンセンスだ。もし古泉が来ているならハルヒの後ろに執事のように突っ立っているはずだからな。 「いや、それよりも俺が意識を失う前、な……誰かが俺たちの前に立っていたはずだ。その人は?」 危うく長門と言いそうになって言い直したわけだが、うまい具合に『な』がセリフにハマってくれたことにどこかホッとする俺。 「ああ、あの人なら今、ちょっと外してるわ。なんか本部に連絡を入れてくるとか言ってた」 本部? 連絡? どういうことだ? あれは長門じゃなかったのか? などと心の中で思いながら難しい顔をしている俺に、 「――って、そうよキョン! あたしさ、ついに異世界人に遭遇したのよ! ホントよ! マジよ! すごいと思わない!」 途端にハイビスカスのような笑顔で俺に口角泡を飛ばしながら詰め寄って言いつのるハルヒ。 で、今何つったこいつ。俺の聞き間違いじゃなければ『異世界人』と叫んだように聞こえたが…… 「今、『異世界人』って言ったのか?」 「何よ、まだ頭ぼけてんの? しょうがないわね。んじゃあ、あんたが気絶した後の顛末を簡単に話してあげる。本当はあの人が戻ってきたからにしようと思ってたんだけど」 得意満面の笑みで右手人差し指を立てつつハルヒは話し始めた。 ハルヒの説明は宣言通りいたく簡単だった。 なんでも俺が気絶する直前に見た、対朝倉戦の長門のごとく俺の前に飛び込んできた人影が異世界人とのこと。 んでもってその異世界人があれだけの数の《神人》をたった一人で屠ったそうだ。 この二行のみ。 「……って、一人であの巨人どもを全滅させただと!?」 思わず俺はハルヒに聞き募った。 当たり前だ。あの巨人一匹にさえ、古泉は古泉が所属している機関の連中数人がかりでなければならないほどだったのである。 それが今回は少なく見積もっても五匹は確実にいた。いや見えていないところでもっといたかもしれん。 そんな巨人どもをたった一人で殲滅させたなんて信じられるか? 「そうよ。本当に凄かったんだから。あっそうそう、その人だけどね。超能力も持っていたのよ! 巨人たちを打ち倒すときに空を飛んだり、炎とか雷とか流星とか出してたんだから!」 な、何だ!? そいつは!? (ハルヒは『人』と表現していたが)本当に人間なのか!? ついでにもう一つ悟った。ハルヒが説明を簡単に終わらせた理由だ。 たぶんハルヒにとっては巨人消滅の話よりも『異世界人』の行使した『超能力』とやらの話をしたかったのだろう。 理由か? んなもん考えるまでもない。『異世界人』と『超能力』の話をするときのハルヒの光度とボリュームが三倍増しだからだ。 「どうやら、そっちの彼、気付いたみたいね」 ハルヒの炎天下の真夏の笑顔を見つめる俺の背後から、少し幼げな甲高い声が聞こえてきた。 こいつが『異世界人』――か。 もちろん俺は振り返る。 そいつを凝視して―― 俺は固まった。 「で、キョンさあ、そろそろ戻ってこない?」 いったい俺はそうやってどれだけ固まっていたんだろうね。 ハルヒの呆れた声でようやく俺は硬直が解けたんだ。 しかしまあ俺が固まってしまうってのは無理もない話なんだ。 なぜなら目の前にいるのは濃い紺のとんがり帽子に同じ色のマントローブを身に纏い、その左手に淡い光を放つ宝石を乗せた先を天使の羽根で模った紫色のロッドを携えた、見た目、朝比奈さんよりも幼げな顔立ちに長門以上に起伏が乏しいスレンダーボディ。もうぶっちゃけて言うが幼児体型の、下手をすれば中学に入ったばかりに見られても仕方がない女の子だったのである。 染めているのでなければ、ストレートセミロングのヘアカラーがシアン色ってところに異世界人ぽいところを感じて特筆すべきは左右で瞳の色が違うことだろうか。どんな意味があるんだろう? 「ええっと……きみが俺を助けてくれたのかい……?」 「ちょ、キョン!」 ハルヒが後ろから咎めるような声を上げた気もしたが、さすがに俺の表情が苦笑交じりで温かい眼差しになるのも仕方がないってもんだ。 やれやれ、俺はこんな子供に助けられたのかよ。なんか情けない気分でいっぱいだぜ。 「……そこの男が表情から何考えているか分かるけど――ねえ、私のこと、どんな風に言ったの? たぶんちょっとは説明したわよね?」 その子の妙に不機嫌な視線はハルヒに向けられていた。 「いや……その……」 ハルヒも珍しく歯切れが悪い。 というか、俺はハルヒから聞いたのはこの子が異世界人で超能力者であるという事だけなのである。 何かもっと重要なことがあったのだろうか。 「ね、ねえ……キョン、一つ言い忘れてたんだけど……」 「なんだ?」 「あの人、あたしたちより年上だから失礼な真似しないでほしいな♡」 は? 「だからね、あの人、もう二十歳過ぎてるから」 ええっと……つまり…… ハルヒのバツの悪い引きつりまくった笑顔がまったく崩れない。 そう言えば、ハルヒはこの子を称して『人』と言っていたような…… ――!! 瞬間、俺の血の気が引いた。なんつうかその…… 「し、失礼しました! 目上の人に対してなんて無礼を!」 叫んで、即座にペコペコ平謝り。 そうなのだ。目の前にいるこの少女に見える女性はれっきとした大人なのである。それも本人も自分の体型のことを気にしているというのは今の態度からして容易に想像できるってもんだ。 しかも俺は助けられた立場だ。にも関わらず子供を見るような目で見てしまっては彼女が不機嫌になるのも当然と言えよう。 と言うかハルヒ! 異世界人とか超能力とかよりもまずそっちを先に言え! 「まあいいけど……どうせ見た目で間違えられること多いし……」 俺の平謝りの姿勢にはにべもくれず、彼女は腕を組み不機嫌にそっぽを向いてそんなことを呟いていた。 涼宮ハルヒの異界Ⅱ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5488.html
This page was created at 2009.02.03 by ◆9yT4z0C2E6 ※※※※※※※※ 涼宮ハルヒの消失前日 落ちる! 無限にも感じた落下の感覚は覚醒する意識と共に消え失せ、冷たく固い床の感覚が取って代わった。 部屋の中まで容赦なく侵入してくる12月の冷気が、急速に布団のぬくもりを奪い取りにかかる。 まったく、暑い夏ならともかくなんでこのクソ寒い時に布団からこぼれ落ちたりするんだ、俺は? 再びぬくもりを享受すべく布団に潜り込もうとした俺は、そこに先客の存在を認めて凍り付いた。 妹のヤツが潜り込んだ? いやいや、いくら暗くてもそれならわかる。 もちろんシャミセンでもない。 ハルヒ? 可能性としてはありそうだが、説明したくない理由でそれも違うと断言しよう。 誰だ、こいつは!? 慌てて明かりを付けた俺の目に映ったのは、俺と同じように吃驚の貌をしている、俺と同じ顔だった。 ※※※※※※※※ お前は誰だ! 叫びかけて、慌てて口を抑えた。 下手に騒いで誰かが起きてきたりしたら面倒なことになる。 見ると、アイツも同じように口を抑えている。 思考せよ! 思考するんだ俺の灰色の脳細胞! アリシア人のように! こいつは誰だ? 顔は一緒だ。 行動パターンも一緒だ。 おそらく今考えてることも一緒だ。 俺と同じならばそれは俺だ。 なら俺は誰だ? いいやそんなことは後回しだ。 原因は何だ? 超能力的な何かか? そんなはずはない、あいつらの能力はおかしな赤い玉になることくらいだ。 超能力方面は除外だ。 では未来的な何かか? あるかもしれんが、それなら俺かあいつのどっちかはこの現象を経験済みのはずだ。 だがどうみてもそうじゃない。 未来的何かも除外だ。 なら宇宙的な何かか? 銀色に光るコンバットナイフの影が頭をよぎった時、ケータイが鳴った。 着信音は『雪、無音、窓辺にて』、長門だ。 ケータイは机の上で光りながら鳴っている。 俺の方が近い。 「長門か?」 『今からそちらへ行く』 電話が切られるとほとんど同時に、少女の姿が音もなく浮かび上がった。 「「長門」」 重なる声にかまわず、少女は抑揚のない声で 「遮蔽シールドを展開」 相変わらず言葉が足らないが、話しても声が漏れないってことなんだろう。 そう解釈した俺は、もう一人の俺――ベッドの上であぐらを組み、いつのまにかエアコンの暖房まで入れている――に向かって 「訊かなくてもわかるような気もするが一応訊くぞ、お前は誰だ」 「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗ったらどうだ」 なんてひねくれた野郎だ。 いや、こいつは俺なのか? だとしたら俺がひねくれ者でひねくれ者がひねくれ者をひねくれ者だと言ったらそいつはひねくれ者なのか? あぁめんどくせえ! 「異次元同位体」 なんだって? 「あなた方の概念で言うところの、『異世界人』が最も近い」 ついに出たか、異世界人。 しかも俺かよ! やれやれだ、と首を振ってハタと思った。 どっちが異世界人なんだ? 見ると、もう一人の俺も俺を見ていた。 俺たちは同時に、長門へ振り向いた。 長門は俺たちを見つめている。 いや、あるいは何も見ていないのかもしれない。 いつもにもまして表情が読めなかった。 長門? まったく動かない長門に、俺たちは二人して心配し始めていた。 長門? 大丈夫か、長門? 肩をつかんで揺すってみるべきかと考え始めた時、まばたきをしてマイクロ単位に頷き、 「問題ない」 そうか? 目で問いかけると、再びミリ単位で頷いて見せた。 俺は長門に向けてイスを出して、机にもたれかかった。 もう一人の俺はベッドに腰を下ろした。 俺も、もう一人の俺も口を開かなかった。 長門に尋ねるべきことはわかりきっていたが、もし自分の方が異世界人だったら、俺はこれからどうすればいいんだ? 「なぁ、長門」 俺は意を決して長門に尋ねた。 どっちが異世界人なんだ? と。 長門の答えは意外だった。 「答えられない」 どうしてだ? 「命令だから。 わたしはあなた達の意志行動を支援すること、および情報秘匿を命じられた」 ――そうか―― 「つまり、俺たちも観察対象になった。 これでいいんだな?」 「いい」 はぁ…… 要するにまたハルヒのトンデモパワーのせいなのか。 こんどは俺が二人だと? 何考えてやがんだ? 雑用がもう一人欲しいのか? 俺たちは互いに貌を見合わせ、同時にため息をつき、腹をくくって互いの情報交換を始めたが、違いらしい違いは見あたらない。 余計にわからない。 同じ俺なら二人いる必要はないはずだ。 俺とこいつは何が違う? そこに事態打開の鍵があるはずだった。 ※※※※※※※※ 遠目にもよく目立つ黄色いカチューシャ。 あそこにいるのは…… 学校への坂道を上っていく生徒の流れの中に、ハルヒの姿があった。 「よう」 少し歩を速めて、横に並ぶ。 二人で額をつきあわせた結果、一致しなかったのはハルヒとの関係だ。 ある意味では一致したのだが、全く意味がなかった。 つまり、お互いに『俺にとってハルヒはなんなのか』という問いに答えを出せなかったのだ。 「珍しいわね、こんなところで会うなんて。 明日は雨かしら」 「別に。 たまには早起きすることくらいあるさ」 妹に起こされるわけにはいかない理由が出来ちまったからな。 『キョンくんが2人いる~!』なんて注進されてみろ、これ以上事態をややこしくするようなマゾっ気は俺にはないのさ。 俺たちの出した対策は、とにかくハルヒを観察することだった。 こうなった原因はハルヒだ。 ハルヒを観察していれば、何か掴めるかもしれない。 ちなみにあいつは長門にもらったナントカで透明人間と化している。 『意志行動の支援』ってやつだ。 一日交替で入れ替わることになっているので、明日は透明人間初体験ってわけだ。 「いつまでもだらだら布団にしがみついてるよりはマシね。 そうだ、明日もこの時間にきなさい。 坂の下の公園で待ち合わせ、あたしより遅かったら罰金だから」 「マテマテマテ、なんだいきなり」 「あんたに早起きのクセをつけてあげようという、団長としての配慮よ。 ありがたく受け取りなさい」 ありがたくねぇよ。 「ついでに体力ね。 はい、これ持ちなさい」 そう言って、さっさと鞄を押しつけやがった。 「おまえな、自分の鞄くらい自分で持て」 憮然としてそう返すと、 「鍛えようと思わないと鍛えられないわよ。 いつか好きな子が出来たとき後悔したくないでしょ」 意外なことを言う。 「お前の口からそんな言葉が出るとは意外だな。 恋愛感情は精神病の一種じゃなかったのか?」 「あんたまで同じに考えなきゃいけないって決まりはないのよ、もっと主体性ってものを持ちなさい。 それで?」 「それでって、何がだ?」 「鈍いわね、それでも健康な若い男なの? 気になる子とか好きな子はいないのかって訊いてるのよ」 こいつは本当に昨日までの、俺の知っている涼宮ハルヒなのか? 愕然として見つめる俺には目もくれず、恋愛談義を続けるハルヒ。 「みくるちゃんと有希はダメよ。 SOS団内での恋愛禁止、もちろんあたしもダメ。 わかって… ってあんたどうしたのよっ」 どうしたって、何が? 嗚呼、俺か。 俺がどうかしたのか? 「どうかしたのかって、あんた自分でわかってないの? 真っ青よっ」 「そんな貌してるか? 気のせいだろ。 さっ、行こうぜ」 確かに俺はショックを受けている。 だが、何にだ? ここが俺の世界じゃない可能性は何度も考えて、覚悟してたはずじゃないか。 「気のせいって、そんなわけないでしょ! そんな貌色で――帰るわよ、鞄よこしなさい」 ハルヒは鞄を二つとももぎ取ると、たまたま通りかかったクラスメートを掴まえて担任への連絡を命じ、俺の腕をつかんで坂を下り始めた。 こういう、こうと決めたら有無を言わせないところは俺の知っているハルヒだ。 抵抗も虚しくタクシーに押し込まれた俺は、部屋のベッドに寝かされている。 無理に起きようとしたら、技を掛けられて押し倒された。 ハルヒが俺を病人と思ってるのかどうか疑問だ。 ふぅ…… 肺の中の空気をはき出すと、全身が弛緩していくのがわかる。 ぬくもった布団が心地いい。 眠い…… 夕べ寝てないしな…… 「台所借りたわよ。 ――キョン? 寝ちゃったのかな」 小さな土鍋をのせたお盆を手に、ハルヒが俺を呼んでいる。 ベッド脇に座り、俺の貌をのぞき込んで―― ――今まで一度も見たことのない貌だった。 安堵? 慈愛? 満足? 誇り? なんなんだ? とても綺麗な、けれどどこか怖い――肉食獣を連想させる――、貌。 「もう大丈夫そうね。 よく寝てるみたいだし」 その声も、今まで聞いたことのない柔らかさを持っていた。 ハルヒの貌、ハルヒの声、その向かう先にいるのは――あれも俺だが、この俺じゃあない―― そもそも、あのハルヒが俺のハルヒかどうかは…… って俺のハルヒって何だっ! ハルヒは眠ってしまった俺をつついたりして遊んでいる。 その貌にはまるで、『愛してる』と書いてあるようじゃないか。 ……イライラするな。 なぜだ? ハルヒが普通の恋愛をしてる? いいことじゃないか。 普通、ウェルカムだ。 望むところだ。 相手が俺ってのはどうなんだ? 嫌なのか? そんなわけあるか! 嗚呼、そんなことあるわけがねえよ! なのになぜ、あいつが他の男にあんな貌を向けるのを黙って見てなきゃいけないんだ!? あれも俺だ、俺だが、この俺じゃない。 なんだってあそこにいるのはこの俺じゃないんだ! 唐突に、本当に唐突にわかった。 これは嫉妬だ。 俺が俺に嫉妬している? なんてばかばかしい図だ。 『俺にとってハルヒはなんなのか』? 嗚呼、今や答えは明白だ。 それから、俺で遊んでいるハルヒを見ながらボーっと考えていた。 ここがあいつの世界ならいい。 そうだったら、俺は俺のハルヒが俺を好きかどうかなんてまだ知らないですむ。 逆に、もしここが俺の世界だったら、俺はハルヒの心の内を覗いてしまったことになる。 そいつはフェアじゃない。 いつのまにか、ハルヒはベッドにもたれかかって眠っていた。 俺はステルスモードを解除して押し入れの毛布を取り出し、その背中にかけてやった。 よく眠っているようで、規則的な寝息が聞こえてくる。 その横にしゃがんで寝顔を見つめ、今やはっきりと自覚できる気持ちを言葉にした。 ※※※※※※※※ 落ちる! 次の瞬間、世界は反転し暗転し俺は果てしない落下の感覚に襲われた。 意識を失う直前、ハルヒの柔らかい微笑みを聞いたような気がした。 ――無限にも感じた落下の感覚は覚醒する意識と共に消え失せ、冷たく固い床の感覚が取って代わった。 部屋の中まで容赦なく侵入してくる12月の冷気が、急速に布団のぬくもりを奪い取りにかかる。 「帰って…… 来たのか? それとも、リアルな夢……?」 いや、どちらでもいい。 俺は気づいちまった。 そしてここには俺のハルヒが居る。 それで十分だ。 もしかしたら、俺は呼ばれたんじゃなく送り込まれたのかもしれないな。 気持ちを自覚するために。 それにしても、俺が見たハルヒをあの世界の俺は知らないわけだな、寝てたんだから。 「なるべく早く気づいてやれよ、別世界の俺。 自分の気持ちにも、あいつの気持ちにも」 窓の外、星を見上げながらつぶやいて、ふと思いついて付け加えた。 「そして頼むからこっちには来ないでくれ」 異世界人騒動はもう勘弁してくれ。 ※※※※※※※※ 目を覚ますと、ハルヒはベッドに寄りかかり、毛布をかぶって眠っていた。 押し入れ開けたのか? 仕方のないやつだ。 あそこには健康な男子の必需品もあったんだが、どうやらばれてないな。 時間は…… 昼をとっくに回ってるじゃないか。 時刻がわかると、とたんに腹が減った気になるのはなぜなんだろうね。 のども渇いたし、台所で何か探すとするか。 ごそごそと起き上がろうとすると、ハルヒが目を覚ました。 うにゃうにゃと寝ぼけてる貌は――うむ、可愛いと言わざるを得ないな。 だんだんと目の焦点が合っていき…… 俺の存在に気づいたな。 うれしそうな笑みがこぼれて――うむ、さっきの100倍可愛いと言わざるを得ないな。 だがまだ寝ぼけているようだ。 俺がじっと見ていることに――今、気づいた。 「こぉらキョン! 女の子の寝顔を勝手に見るなんてサイテーよ!」 さようなら、100倍可愛いハルヒ。 短い生涯だったな。 「ハルヒ」 「なによ」 「可愛かったぞ」 「ばか」 こいつのこんな貌を見るのはあの、ポニーテールをほめた時以来だな。 いつまでも見ていたい気もするが、悲しいかな、人間とは腹の減る生き物なのだよ。 「腹減ってるだろ? なんか喰おうぜ」 なぜにアヒル口になる? 「あ…… 毛布かけてくれたんだ。 ありがと」 かぶっていた毛布をたたみながら、そんなことを言った。 ハルヒが自分で出したんじゃないのか? 嗚呼、あいつか。 俺は曖昧に答えて台所へ降りていった。 ハルヒのこしらえた軽い物を二人で食べながら、 「それにしても朝は吃驚したわよ。 あんたホントにまるで血の気のない顔してたわよ? 今は大丈夫みたいだけど」 ふむ。 「嗚呼、あの時はちょっとショックなことがあってな……」 「へぇ?」 「恋愛談義なんて絶対しそうにない女が突然、俺に向かって好きな子はいないのかなんて訊いてきたんだ。 異世界にたった一人紛れ込んだんじゃないかと思うくらいショックを受けても当然だろ?」 実際、そうかもしれないからな。 「へぇ……」 「あっ! こらっ!」 「喰うなっ! 自分で作れっ!」 ハルヒのやつ、俺の皿を取り上げやがった。 「はぁ、なんだかいい夢見てたと思ったんだけどなぁ」 皿を取り返して、 「いい夢? どんな夢だ? 宇宙人か未来人か超能力者か異世界人でも出たか?」 「な~いしょっ。 はぁ……」 なぜそこで俺を見ながらため息をつく。 なんだそのかわいそうな生き物を見るような目は? 「ま、いいわ。 食べ終わったら支度しなさい」 支度? 何のだ。 「学校行くのよ。 今からならSOS団の活動に間に合うわ」 ※※※※※※※※ 「みんな居るっっ!?」 文芸部室の扉を開けて涼宮ハルヒが入ってきた。 『鍵』……彼を伴って。 私は本を読み続ける。 彼はいつもの席に座り、お茶を飲み、古泉一樹とゲームをする。 涼宮ハルヒはいつもの席に座り、お茶を飲み、ネットサーフィンをする。 何も変わらない、いつもの風景。 私の、エラー発生頻度が異常を示していること以外は。 『彼』は元からこの次元に存在していた『彼』 もう一つの『鍵』は消滅した。 元の次元に帰ったのかは不明。 私には次元を超える観測能力はない。 異次元同位体は存在した。 これは事実。 しかし出現した経緯は不明。 不明。 不明。 私は、なぜ、涼宮ハルヒが喚んだに違いないという判断に固執している? 判断は保留されるべき。 あるいは、統合思念体に情報提供を申請するべき。 私はするべきことをしていない。 否、できないでいる。 必ずノイズが発生し、実行に至らない。 自己診断。 診断結果は異常なし。 このような結果はありえない。 診断結果が異常。 私は私の異常を報告するべき。 ノイズ発生。 失敗。 ……いつもの時間。 私は本を閉じた。 彼がこちらを見ている。 彼は情報を欲している。 だけ。 ……エラー頻度の非線形変化を検出。 一人になってマンションで待つ。 彼は来る。 来た。 「俺だ」 「入って」 彼が座卓に座る。 私はお茶を淹れて彼の前に置いた。 朝比奈みくるの淹れるお茶と温度、成分とも同じになるように淹れた。 「早速で済まないんだが、あいつはどこにいるんだ?」 期待した言葉ではなかった。 期待? それはナニ? 期待。 期待値。 確率。 数学。 ……unmuch failure 原因不明のエラー増大を検知。 「消滅した」 「消滅っ!?」 「状況から、元の次元に帰還した可能性が最も高い」 「あ、あぁ…… 帰ったのか。 脅かすなよ」 「……」 「それじゃあ、俺がこの世界の『俺』で間違いないんだな?」 「そう」 彼が安堵している。 「そうか、一度くらいは透明人間を体験してみるのも悪くないと思ってたが、そのチャンスはなくなったってことか。 少し、残念だな」 「あなたが望むなら」 「なんだ? 透明人間体験、させてくれるのか?」 私は頷いた。 「そうだなぁ……」 私の提案を彼が思案する。 何故思案するのだろう? 彼は透明人間を体験してみたいと言ったはず。 私の認識は間違っている? 彼の表情が微妙に変化した。 心拍、血流の増大を検出。 貌が赤い。 原因不明のエラー増大を検知。 「やっぱりやめておく」 彼は小さく「卑怯だからな」とつぶやいた。 もちろん、私には聞こえている。 誰に対して卑怯なのか。 彼がどんな想像をしたのか。 判断する材料は不足している。 不足しているにもかかわらず、私の判断は『彼は涼宮ハルヒのことを考えていた』と断定した。 原因不明のエラー増大を検知。 「そう……」 「それより」 彼が話を変えた。 「あいつはどうして帰ることができたんだ? 長門はずっと観察してたのか?」 そう。 私はずっと観察していた。 彼が消滅する直前、涼宮ハルヒにしたことも。 そのことは統合思念体にも報告していない。 私は答えない。 答えられない。 それを口止めされていると解釈したのか、彼はまぁいいかと言って立ち上がった。 彼が行ってしまう。 「それにしても、人騒がせなやつだ。 俺はもう少し、常識的で普通の生活がいいんだがな」 「じゃあ長門、今日は世話になった。 こんど何かおごるよ。 また明日、学校でな」 靴を履き、彼は出て行った。 異次元同位体が消滅の直前に、涼宮ハルヒに投げかけた言葉。 『好きだぞ、ハルヒ』 涼宮ハルヒは彼でない彼からの言葉で彼を解放した ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 涼宮ハルヒは彼でない彼からの愛の言葉に反応した ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 涼宮ハルヒは、彼 で な い 彼 で も い い の だ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 否、これはエラーではない。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ これは私が新しい概念を獲得した証。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ これは『恋』という概念。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫ 全てのエラーがマスクされていく。 『恋』は全てに優先する概念。 これで正しい。 私は、正常。 そう、わたしはせいぢょう。 ※※※※※※※※ 少女が歩いている。 セーラー服を着た、小柄な、ショートヘアの少女は真冬の夜を歩くにはあまりにも薄着だったが、まるで寒さなど感じていないかのように歩いている。 ひとつの街灯の下で少女は立ち止まった。 街灯の明かりがまるで、スポットライトのように少女の姿を映し出す。 アッシュの髪。 感情のない無表情な貌には、何も見ていないような、あるいはすべてを見透しているような黒曜の瞳。 少女は夜空へ向けて手をかざす。 伸ばした手の先には、輝く冬銀河。 「 」 少女が何かをつぶやいた。 やがてかざした手を下ろした少女は、自分が今まで何をしていたのかわからないとでも言うように不安そうにあたりをきょろきょろと見回し、寒そうに早足で夜の闇に消えていった。 ※※※※※※※※ もし聞く者が居たら、少女のつぶやきはこう聞こえただろう。 『常識的で、普通の世界……』 少女が恋する、普通の少年が何気なく口にした一言。 少女は、自身の恋に忠実に行動した。 fin.
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2647.html
「・・・・・・・・・・・やっぱりこのままじゃいけないみたいね・・・・・あのときやってさえいれば・・・」 俺たちももう高校二年生になり、桜の花もその役割を終え、新しい季節が 始まりを告げようとしていたとき、SOS団の活動もひと段落ついた学校の帰りの坂道で、ま~たハルヒが妙に気になることを呟いた。 まあ、どうせろくなことじゃないだろうがな。ハルヒのこの無茶な発言にもいいかげん慣れている。 この言い回し・・・・・ろくなもんじゃないってことはわかるぜ。 まあ、もっともこいつがまともなことを言ったことは雀の涙程度しかないがな。 まあ、朝比奈さんの新しいコスプレ衣装に関しては文句なしだがな。 しかし、今回に関してはなにか嫌なー予感ーがするぜ。 少なくとも、いらないのについてくるケータイ電話のストラップくらいろくなもんじゃないな。 で、今度はいったいどんなことを言い出すんだろう・・・・・ 思考をめぐらせてみよう。 ①UMA探索 ②UFOを呼ぶ ③地底人探索 ④GAN○Z部屋に行こう ⑤スタ○ド能力が使えるようになったのよアタシ! ⑥オ○シロ様の正体を探りましょう! ⑦幻○郷に行ってあの貧乏巫女にあいたいわ! ⑧聖○戦争に巻き込まれちまったぜ ⑨直○の魔眼を手に入れた ⑩左手が鬼になっちゃった ・・・ ・・・っと、これくらいかな。あいつが言い出しそうなのは。 しかし、こんな普通に考えるとほぼ100%できないようなことでも、言い出したら最後、飽きるまで暴走し続けるのがこの涼宮ハルヒの得意技だ・・・ ああ、もしかしたら俺、自称ハルヒ心理学者の古泉よりもハルヒの心境がわかるかもしれないぞ。 まあ、もっとも分かりたくもないがな。・・・・・・・おいそこ、嘘だッ!!っとか早くも叫んでるそこのお前、俺は断じて嘘などついておらん。 っていうか、なんで今の俺の考えが嘘と思われるのか知りたいところだ。 てか、俺は誰に向かって話してんだ?俺もそろそろヤバイかな。嘘は谷口の存在だけにして欲しいぜ。 ・・・・・・・・・・なぁんてことを溜息交じりに考えて、俺は手をやれやれだぜといった具合にしながら、ハルヒに問いかけた。 「どうしたんだハルヒ?このままじゃいけないって・・・・・なにがだ?俺はこのままで十分高校生であるべきLifeを堪能しているがな。なにより朝比奈さんが淹れてくれるお茶はそれはもう言葉では言い表し難い程ウマイし、長門は無口、無表情、無感動の3M(?)だし、古泉は古泉だし、何一つとして困ることや不安はないと思うが?」 それにしても、俺たちももう高校二年生か。しっかし色々あったな。 まぁ、色々ありすぎたわけだが。朝比奈さんはもう3年生かあ・・・・・・ 早いものだ・・・・・・・・朝比奈さんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・3年生・・・・・3年・・・・卒業・・・・・・・・ん?・・・・・・ってちょっと待て! 俺たちよりも早く卒業するとなると、あ、あの極上のお茶・・・別名「天使の涙」(命名俺)が、もう飲めなくなるじゃねえか!! ・・・・・・・・・参ったぜ畜生、思わず声に出しちまったじゃねえか。 ほら、さっき道の角ですれ違った中学生っぽい男の子も、俺のほう見てるよ・・・・・ああ、ハルヒもあきれてモノもいえないみたいだな。 ・・・・・・・で、どの部分から声に出ていたのだろうか? このときの俺には知る由もなかった・・・・・・ ~角川書店 著者キョン『倦怠に満ちた俺の日々』より~ 「・・・・・・あんたもう相当頭が谷口化しちゃったみたいね・・・・・・・・そんなんだからいつまで経っても本名で呼んでもらえないのよっ! 団長の気持ちもわからないようじゃ今後、一生雑用みたいね。 ・・・それはさておき、去年の文化祭のライブ覚えてる?バンド演奏よ。あれ来年の目的とかいって、それからSOS団のライブ活動をちょこっとやっただけじゃない。あの応募して落選したやつ。なんか落選したらさ、もういいや~って思えるようになってね? それっきりやってないじゃない!やっぱり続けるべきなのよ!」 おいおい、バンド演奏ならもういいじゃねえか。それに、俺はもうハルヒの作り出した曲で、あのわけのわからん音符の怪物と戦うのはもういやだぜ? サウンド・ウォーム(命名俺)だっけか? まあ、せっかくベースも弾けるといってもいいレベルまで達したわけだし?俺としても、やりたくないなんていったら嘘になるな。そんな心にもないこといったら針千本を飲まされるぜ。 しかし、俺たちももう高校二年生だ。来年は受験だし、二年の成績はかな~り内申に響くんだぜ? もし、あまりにもできないんで補習!・・・な~んてことになったら、俺はお袋の怒りを買いかねない。 そうなったら最後、バンドはおろかSOS団の活動の参加すら危ういんだぞ。 え~、つまり、大きくまとめると第一に、ハルヒが作った曲にはあのトンデモパワーが宿り、それを聞いたら最後、一生その曲が頭の中で これ以上聴いたらノイローゼになりかねないぞくらいのリピート状態になる。 第二に、俺たちはもう高校二年生だ。わかる?受験だよぉ~・・・ そういうことだからさ、いいかげんそこんとこ学習しようぜ!ハルヒ! ・・・・・という理由である。 まあ、俺的には後者のほうが大きいかな。 理由としては。 しかし、学習してないのは俺も同じだった。 つかさ、俺が本名で呼ばれないのとさ、そこで谷口の名前が出てくる意味がわからねえ。 「なに言ってんの!SOS団の団員である以上は、好成績を残さないとだめだめよ!補習なんてもってのほかだわ!・・・・・・・・・こりゃあま~たあたしが勉強を教えるしかないようねぇ~♪」 はい、俺の話は全然届いていなかったようだ。ようするにやめて欲しかっただけなのにな。ていうか妙にうれしそうだな~、ハルヒよ。 バカに勉強を教えるのは、ペットに芸を教える感覚と類似したものがあるのだろうか?だとしたら、俺には一生無縁な感覚だな。 「バ、バカッ!ぜんっぜんうれしくなんかないわよっ!このうんこっ!」 わかった。もううんこでいいからさ、ネクタイをこれからカツアゲする不良みたいに引っ張らないでくれよ。 でもまたなんで急にそんなことを思いはじめたんだ? 「ハァハァ・・・・・・ふぅ・・・・それはね、昨日部屋のなかを整理してたらね、ビデオが出てきたのよ。結構古かったわね~。それをさ、なんとなく再生してみたら、昔やってた音楽番組だったのよ。でね、あるバンドの演奏してる姿を見たのよ。 それみたらもういても経ってもいられなくなってね! あれがまたすごいのよ! あの哀愁漂うアルペジオのイントロから始まり、終わったかと思いきや、ここから『静』から『動』!ヴォーカルがね、なんていったかしら・・・・・あ、そう!紅だああああああ!!って叫んだのよ! そしたらね、そこからはもう疾走感溢れるアップテンポでね~。 ホント、あれ見て思わず身震いしたほどよ! あのバンドの名前なんていったかしら・・・・・・・・たしか・・・・・アルファベットだったような・・・・? あ、Xなんとかだったわ! 」 こいついったいいくつなんだ? XJAPANだろ?そんでもって曲は紅だ。 なんでそんな古いもん見て興奮するんだよ。Xっていや~・・・・・1989年デビューしたんだっけか。 お袋がファンで、嫌というほど話を聞かされたから覚えてる。 紅はデビュー曲だよな。聴いたことはないけど・・・・・ ああ、そういやこいつ、ロックも聴くんだっけか。いつだったか、『マリリン・マンソン』の曲を口ずさんでたっけ・・・・・・・・・・ 興奮するのも分かる気がする。 「そう!それよ! XJAPAN!懐かしいわね~♪」 だから、お前一世代古いって。 「なにいってんのよ! 彼らの1番の魅力は、『時代を感じさせない音楽』 よ! 『DAHLIA』や、『ART OF LIFE』なんか、90年代の曲だけど、今の邦楽なんかには感じない凄味があるわ! 全然色褪せてないもの! あんたも一回聴いてみなさいよ!絶対ハマルって!」 だ~か~ら~、ハルヒよ、俺はもう勉強でいっぱいいっぱいなの。 そんな音楽聴いてる暇なんかないぞ。 「勉強はアタシが見てあげるっていってんでしょうが!人の話は最後まで聞きなさい! アンタの悪い癖よ! ・・・・・・・・!! 思いついたわ・・・・・・・・!!」 嫌なー予感ーがする。またなんかバンドで俺たちを巻き込むつもりだ・・・・・・・・・・。 まあ、それはいいか! ハルヒが見てくれるって言ってくれてるしな。こちらとしてもそれは大いに助かる。巻き込まれてやろうじゃないか。 なんだかんだいって、俺もバンドをやりたいらしいな。 Xにも興味があるし。・・・・・・で、その思いついたことはなんだ? 「前のときは、容姿が普通すぎたからダメだったのよ! 今度からは、あれよ、あれ。ん~っと・・・・・そう! ヴィジュアル系! これしかないわ~。 邦楽でいいのは、ほとんどヴィジュアル系だしね!PIERROTに、LUNASEA、PENICILLIN、Laputa、Dir en grey、ラファエル、プラスティック・トゥリー、CASCADE、陰陽座、Janne Da Arc、ラルクアンシェル、SHAZNA、上海アリス幻○団・・・・・あげたらきりがないわ!」 わかった、わかったからもう言わなくても、いいぞ? ていうか90年代多いな。ほんとは年ごまかしてんじゃねえのか?・・・・・ていうかさ、ラルクアンシェルをV系呼ばわりしたら、怒って帰っちまうぜ? それに上海アリス幻○団はヴィジュアル系でもないし、バンドでもねえよ。 それに、前に落ちたやつの応募方法は、デモテープを送ることだったろ? 容姿なんて見えないんだから意味ねえじゃねえか。ああ!つっこみどころが多すぎる! 「細かいところは気にしなくていいの! それもあんたの悪い癖よ! それに!アタシがV系っていったら、それはもうV系なの!わかった!? ・・・・・で、これからキョンの家にみんなを呼んで邪魔しようと思うんだけど。 どうせ親はいないでしょ? だったら早くいきましょ!もういても経ってもいられないの!」 どうやらこいつの辞書には遠慮という単語は存在していないようだ。ま、別にかまわんが・・・・・・・・いったいなにをしに来るんだ? 「練習よ練習!みんなだいぶうまくなったようだけど、アタシから見たらまだまだよ。みんなが作詞作曲できるようなレベルにならないとね!」 それはレベルが高すぎだろう。思わず溜息が出ちまったじゃねえか。 気づけば、俺たちがいつも分かれる道まで来ていた。 早いもんだな。 「それじゃあ! 準備が整い次第! あんたの家に行くからねっ!ちゃんと片付けておきなさいよ!」 じゃあねと手を振ったハルヒは、そのまま元気良く走り去って行った。 「やれやれだぜ・・・・・・」 思わずだれかのセリフが出ちまった。 俺はこのあと、ハルヒが去っていった道をただボーっと突っ立って眺めていた。 「そろそろ帰るかな・・・・・」 ハルヒたちが来るので、部屋の片付けを済ませなくちゃならなくなった。やらなかったら死刑っぽいからな、うん。 死刑はやだろ?死刑は。 そして俺は、自分の家に帰るために歩を進め歩き始めた。 これからどんなことになるのかな? なーんてことを考えながらな。 しかし、俺が思っている以上に、大変な出来事に遭遇することは、このときの俺には知る由もなかった・・・・・・・・・・ 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5816.html
…… 「…ここはどこだ?」 気がつくと、俺は真っ暗な空間へと浮かんでいた。 目の前には地球が広がっている…隣には月らしきものも見える。 「ここは…宇宙?」 あまりに広大すぎる暗黒の大空間に、 青く澄みきった水の惑星を目の当たりに 俺はただ呆然と立ち尽くすだけだった。 ! 「地球が燃えている…」 青かった地球がいつのまにか赤く変色していた。 「一体何がどうなってんだよこりゃ…」 自分の置かれている状態もそうだが、全く状況がつかめない。 !? 「今度は透明に…?」 次の瞬間には地球は水色に近い透き通った色へと化していた。まるで氷で覆われたかのごとく…。 …… 「…また青に戻ったか。」 再び地球は青色へと戻った。しかし、どうやら何か様子がおかしい。 「陸地が…ない…?」 地球全体が真っ青な球体へと化していた。緑や茶色といった陸地が ことごとく消滅してしまっているのが見てとれる。陸が海に呑まれてしまったとでもいうのだろうか。 …… 今度はどこからか泣き声が聞こえてくる… 「この声どこかで…」 どこか聞いた覚えのある声。 「まさか…ハルヒか!?」 そう叫ぶと、いつのまにか声は聞こえなくなっていた。 「…え?」 ふと地球のほうに目をやって俺は驚愕した。なんと、先程まで見えていた地球が消滅してしまっている… いや、消滅というのは言い方が悪い。正しくは【見えなくなっている】と言うべきだろう。物を見るためには 言うまでもなく光が必要であるが、その光が四方を見渡しても見当たらないのだ… 光源体である太陽は一体…どこへ行ってしまったというんだ?? 再び声が聞こえる。 「…や…い…あた…したく…な…」 その声は、しだいに大きなものへとなっていく。 「いや…い…あた…こ…な…くない…」 …… 「嫌…っ!嫌!!あたしは…こんなことしたくない…!!!!」 !? ッ!! …… …デジャヴ いつもと同じ見慣れた俺の部屋。窓から朝日が射していることから、 おそらく今は朝なのであろう。昨日のように時計を確認するまでもない。 いや… 一応確認しておくか。 時刻は7 38 ほら見ろ、やはり朝じゃないか!と得意げに語っている場合でもない。一歩間違えりゃ遅刻じゃねーか畜生。 急いでかばんに教科書やノートをつめる俺。にしても自らの不覚さを嘆かずにはいられない。 なぜ俺は【目覚ましセット】という当たり前にして当然のごとく行為を、昨夜忘れてしまったというのか? それほどまでに、俺は昨日疲れてたってのか? 準備を終えた俺は廊下で妹と軽く挨拶を済ませた後、 食卓に並んだトーストを口に頬張り、潔く玄関を飛び出した。 …… 「はあ…はあ…まったく、いい運動だぜ…。」 今俺がいる位置は、学校に隣接するあの忌々しい長い長い坂のちょうど真下である。つまり、 俺はここまで全速力で走ってきた…というわけだ。携帯で時刻を確認、とりあえず遅刻は免れたようである…。 時間的余裕もあるので歩くとする。この坂を走らねばならないとなった日には自殺ものであろう。 それが防げたというだけでも、俺は今日も力強く生きられるというものである。 …ようやく落ち着いたところで、俺は昨晩の事象を振り返ることができた。 「まさか二日続けておかしな夢を見るとは…。」 その一言に尽きる。支離滅裂かつ荒唐無稽な夢など一体誰が進んで見ようなどと思うのか… まあ夢など言ってしまえば、全てそういうもんなのかもしれないが。とにもかくも、 まず話をまとめることから始めるとするか…と思ったのだが、そもそも抽象的すぎて 何をどうすればいいのかもわからん。とりあえず…特徴らしきものだけでも挙げていってみるとしよう。 ・地球の崩壊 ・謎の声 …明確に挙げられるのはこの二つくらいか。なぜ俺があのとき宇宙にいたのかは知らんが… (単に視点が宇宙だったってだけかもしれんが)地球が燃えたり氷ったりするのを、確かにこの目で見た。 ならば崩壊という表現は別に差し支えないだろう。そして極めつけは、夢が覚める直前に聞こえてきたあの声… 「あの声は…ハルヒだったのか?」 もしそうなのだとしたら、一昨日みた夢との関連性が見えてくる。一昨日の夢では地震やその他怪奇現象で 町が壊滅。昨日は地球が…規模こそ全く違うが、同じ【崩壊】というワードでくくることができる。そして… 思い出したくはないが、地震により家族が息を引き取った際、放心状態に陥っていた俺の脳内に響いてきた… ハルヒの声。あのときハルヒは『助けて!』言っていた。昨日の例の声は…確か『こんなことしたくない!』 とかいう内容だったかな。両者に共通することは、俺に向かって何らかのSOSを発信していたということである。 俺は常識人だ。ゆえに町や、ましてや地球荒廃などといった異常にさらに異常をかけたような とんでも事態が発生するなどとは…微塵も思っていない。ただ、あれらがハルヒの無意識の内に 発動した…俺に対する干渉なのだとしたら?一連の超常現象はあくまで比喩であり、夢の本質自体が 実は、ハルヒが俺に救助信号を発信するだけのただの手段でしかなかった可能性が浮上してくる。 つまり、ハルヒは今現在とてつもない悩みを抱えている…その可能性が非常に高いということである。 その悩みが何なのかは俺には見当もつかないが。というのも、最近のハルヒに変わった様子など 特に見受けられないからだ。万一それに俺が気付かなかったとして、長門や古泉がそれを見逃すとは 考えにくい。だから、なおさらである。 …… とまぁ、ここまでカッコよく主張してみたはいいものの… 一連の夢がハルヒの能力とは無関係の、本当の意味でのただの【夢】だったのだとしたら、 ここまで深く熟考している俺など、傍から見れば滑稽以外の何者でもないだろう。 そうである場合、谷口にすら嘲笑される自信がある。それでもだ、俺自身こんなネガティブな展開など 望んじゃいない。ハルヒが何か多大な悩みを抱えて苦しんでる姿なんて、想像したくもないからな。 「あら、キョンおっはよー。予鈴ギリギリね。」 教室に着き、俺はいつもと同じく後部座席にて座っておられる団長様に声をかけられた。 「そうみたいだな。遅刻を免れて助かったぜ。」 どうするか…朝っぱらからいきなりハルヒにこんなこと質問すんのもアレかもしれんが、 一応言っておこう。杞憂であれば、それに越したことはないんだからな。 「なあハルヒ。」 「ん?何?」 「お前さ、今何か悩んでることとかあったりするか?」 「…は?」 「言葉通りの意味だ。」 しばらく沈黙が続いた後、その均衡を破ったのはハルヒだった。 「…ぷっ、あっはっはっは!キョン、朝からどうしたの?何か悪い物でも食べた?あはははっ!」 どうやら、団長様は真面目に答える気などさらさらない様子である。 「んー悩みねーまあ、ないこともないわよっ!!」 おや?一応答えてくれるみたいである。しかし万遍無く浮かべている笑みから察すると、 やはり真面目には答えてくれないらしい。しかも、展開が大体予想できた。 「悩みの種はね…あんたよあんた!テストは赤点スレスレだし今日は遅刻しそうになるわで、 ヒヤヒヤもんもいいとこよ!あんたはもう少しSOS団の団員なんだっていう自覚を持ちなさい! 団長に泥を塗るマネなんて許さないんだからね!」 楽しそうに俺を断罪するハルヒさん。うむ、やはり予想通りだった。相変わらず、俺に言い放題なのであった。 「まあそれは半分冗談としてさ、朝からそんなこと聞くなんて一体どうしたのよ?」 さて…どうしようか。変にはぐらかすと直感が鋭いハルヒのことだ、 ややこしいことになる可能性大。ゆえに、ここは素直に答えておくとしよう。 「いや、お前が俺に助けを求めてる夢を最近見ちまってな。ちょっと気がかりになって聞いてみたってところだぜ。」 「…何それ、気持ち悪い夢ね…。」 同意しておこう。現実的に考えて、お前が俺に助けを求めるなんてことまずありえんからな。 「もしかしてあんた、あたしに従順にさせたいって欲望でもあるんじゃないでしょうね??」 気持ち悪いって、そっちのほうかよ! 「助けを請うってのはつまりその裏返しだし、夢ってのは密かに思ってるようなことが 反映されたりするもんだし…あたしに何か変なことでも考えてたら承知しないわよ!?」 いやいや、そりゃ考えが飛躍しすぎだろう…ってか願望が夢で具現化なんて、一昨日、昨日の 夢見りゃ絶対ありえんことを、俺は知っている。何が楽しくて家族が死ぬことや地球の滅亡を 望まにゃならんのか…まあ、さすがにこういう夢の内容までハルヒに話そうとは思わないけどな。 …そんなこんなで時は昼休み。俺は谷口&国木田と席を囲って弁当を食っていた。 ハルヒは相変わらず学食のようだ。 「ところで国木田、昨日休んでいたようだが体のほうは大丈夫か?」 「ん?ああ、おかげ様で。」 「さてはお前、勉強のしすぎで熱でも起こしたか?」 谷口が横から言葉をはさむ。 「だったらまだよかったんだけどね…単なる風邪だよ、ほら、もうすぐ12月だってこともあって 冷えてきたじゃない?そのせいかな。二人は風邪ひかないよう気をつけてね。」 「おーおー、まあそのへんは大丈夫だぜ。特にキョンはな。バカは風邪ひかないって言うだろ?ははは!」 谷口よ、どの口がそれを言うんだ…確かに俺は成績も下の中くらいでバカかもしれない。 が、お前はお前で俺より成績悪かった記憶があるんだがなぁ…気のせいか? 「それを言うなら谷口もバカだから風邪ひくことないね。いや~二人とも羨ましいよ。」 おお、俺が言わんとしていたことを代わりに国木田が言ってのけてやったぞ。 が、しかし、最後の一言は残念だ国木田…お前も俺のことバカだと思ってたんだな…。 「でもよ~そうそう例年通り寒くなるわけでもないみたいだぜ? 今朝の天気予報見てたら、来週の中頃は夏みたいな気温になるとかなんとか。」 「…谷口が天気予報を見るなんて珍しいな。」 「うるせーよキョン、俺だってそんくらい見るぜ。」 「どうせ朝食ついでに適当にTVのリモコンいらってたら偶然映ったってところなんでしょ?」 「国木田…お前鋭いな…。」 鋭いも何も、普段のお前の性格や言動を考えりゃ当然の帰結だとは思うがな。 しかし、夏みたいな気温か…そういや夢の中でも確かあのとき暑かった記憶が… …… 「キョン、大丈夫?顔真っ青だけど。」 「おいおい、バカは風邪ひかないって言った手前にこれかよ。」 気付かないうちに、俺は随分と陰鬱そうな顔になってたらしい。 「あー、いや、何でもないぜ。ちょっと寒気がしただけだ。」 「まさか風邪にでもかかったのかよ?」 「じゃあもうバカは谷口一人になっちゃったね。」 「国木田てめーッ!!」 お前らのコントを眺めてたら、あの悪夢が少しでも薄れたぜ。感謝するぞ谷口、国木田。 あんな未来…俺は絶対信じねーぞ…。 操行している間に放課後。またいつものごとく部室へと向かう俺。 「お、長門、お前だけか。」 「そう。」 俺が定着席に座ると、何かのCD-ROMをもってこっちにやってくる長門。 「これがSinger Song Writer…軽音楽部から借りてきた作曲用ソフト。 パソコンにインストールすれば即行使える。そして、これが説明書。」 「ん?ああ、これが昨日古泉が言ってたやつか!サンキュー、長門!」 早速パソコンを立ち上げてインストールする俺。 …部室に、団員それぞれにパソコンが宛てがわれていることには深く感謝せねばなるまい。 これもハルヒがコンピ研から強奪だの従属命令などといった暴虐の限りを尽くしたおかげか。 コンピ研の皆さんにはもはや乙としか言いようがない…ありがたく、今日もパソコンを使わせていただきますよ。 インストールが完了したあたりで古泉と朝比奈さんが部屋へと入ってきた。 と、よく見たら二人とも楽器を担いでいるではないか。おそらく昨日言っていたように 軽音楽部から借りたものなのだろう。来るのが遅かったのはこのせいだったんだな。 「って、大丈夫か古泉?」 「いえいえ、これくらいどうってことないですよ。」 キーボード1台のみの朝比奈さんはともかく、 古泉はあろうこともギター2台に加え、ベース1台の計3つも担いでいるではないか。 「わ、私古泉君を手伝おうと思ったんですけど…。」 「朝比奈さんはキーボードだけで十分すぎるくらいですよ。僕は好きでこれらを担いでいるんですから。」 相変わらずのさわやかフェイスで涼しく答える古泉。なるほど、女の子に負担を負わせたくないというヤツらしい ジェントルマン精神だが、俺がお前の立場でも間違いなくそうしていたであろう。何しろ朝比奈さんだからな。 「そうだ、良い機会だ。古泉よ、ベースの弾き方俺に教えてくれないか?」 「お安い御用ですよ。では早速始めてみるとしましょう。」 「じゃあ私もキーボードのいろんな機能を確認しとくとしまーす♪」 「私も…ギターをいらっておく。」 「長門はギター弾けるから別にその必要もないんじゃないか?」 「単純にギターに興味がある…ただそれだけ。」 長門に読書以外に関心のもてるものが現れるとはな…。文化祭にて、突発でいきなりギター引っ提げて ステージ上にハルヒたちが現れたときは何事かと思ったが、今ではそのことがこうやってSOS団みんなで バンドを楽しんだり長門の人間的嗜好の開拓といったことに繋がってる…こればかりはハルヒには 感謝しないといけねーかもな。あのときのハルヒの飛び入り参加は、長い目で見れば英断だったわけだ。 「なるほど、左から右へ1フレットずつ移るにつれて音が半音ずつ上がっていくのか。」 「その通りです。ちなみに手前の太い4弦から順に開放弦の状態だと E、A、D、Gの音が鳴りますよ。ミ、ラ、レ、ソのことですね。」 「開放弦ってのはどういう意味だ?」 「左手で何も弦を押さえずに弾く状態のことですよ。」 「おー、了解したぜ。」 「慣れたらTAB譜を見て弾くのもいかがでしょうか。 そっちのほうが、フレット番号が明記されていて弾くのには楽だと思いますよ。」 「TAB譜って何だ?」 「それはですね…」 ピン! ん?何だ??長門のほうから何やら音が聞こえたぞ。 「どうしたんだ長門?」 「ギターにチョーキングをかけていたら弦が切れた。ただそれだけの話。」 …その弦、まだ新しいやつじゃなかったか?一体どんなチョーキングをかけてたんだ長門?? 「おやおや、しかもこれは一番細い1弦ですね。これでは切れてしまっても仕方ありません。」 「やりすぎた。次からは自重する。」 …仕方ない…のか? まあ、しかし そんな長門が楽しそうに見えるのは 決して気のせいではないはずだ。良い趣味を見つけられてよかったな長門。 「な、長門さ~ん、助けてくださ~い!」 「何かあったの?」 「いくら鍵盤押してもキーボードから音が出ないんです…電源は入ってるはずなのにどうしてなんでしょうか?」 「これはシンセサイザーの部類。よって単体では鳴らない。 シールドでアンプに繋いで初めて、アンプから音が鳴る仕組みになっている。」 「あ、これアンプからじゃないと音出ないんですね…勉強になりました!ピアノから入った私には そういうの疎くて…あ、でも今ここにはキーボのアンプがないです…今日はあきらめるしかないみたいですね…。」 「その必要もない。そこにあるベースアンプでも代用は可能。」 「本当ですか!?ありがとうございます長門さん!」 「礼ならいい。」 「キョン君、ベースのアンプ貸してください!お願いします!」 「どうぞどうぞ、使っていただいて結構ですよ。今日はベースの基本技術を学ぶだけでアンプは使いませんからね。 そんな感じで、俺たちは有意義な会話をしていた。いつもは古泉とボードゲームだのカードゲームだので 時間を費やしていた俺であったが…こういう時間もなかなか楽しいじゃないか。一昨日、昨日の悪夢のことを 一時的にでも忘れられるという意味でも、尚更貴重な時間である。特に、昼休みに谷口から例の天気予報の話を 聞いてからというもの、放課後までずっとそれを引きずっていた俺には…な。もちろん、今でもそんな未来は 信じちゃいないさ。ただ、一つでもそういった判断材料があると不安になる…それが人間というものであろう。 本来なら放課後にでもこれら夢の一部始終について長門や古泉に相談しようと思ってはいたのだが、 正直今のこの談笑している空気を壊したくはなかったし、何よりハルヒ本人が部室に顕在だから話せなかった ってのが一番の理由だな。本人の目の前で能力云々語るのは言わずもがな、禁句である。 …いや、待て。 今気がついた。そういえば、ハルヒはいまだ部室には来ていないではないか。 いつものあいつなら…とっくに来ていてもおかしくないはずだが。 「おや、どうされたんです。涼宮さんのことが気がかりですか?」 「いや、気がかりってわけでもないんだが…やけに来るのが遅いなと思ってな。」 「掃除当番にでもなってるんじゃないですか?」 良い指摘ですね朝比奈さん。が、それにしても遅いような気がしますが…。 「!」 突然立ち上がる長門。 「涼宮ハルヒが…倒れた。」 …俺はベッドで横たわっているハルヒを見つめていた。 「先生、ハルヒの具合はどうなんです!?」 「大丈夫、大事には至ってないわ。おそらく軽い貧血ね。」 「そう…ですか。」 「今日のところは安静にしておけば大丈夫よ。幸い明日は土曜日だから、 それでも気分が治らないようなら、病院に行って診てもらえばいいと思うわ。」 事なきを得たようで、ひとまず俺は安堵の表情を浮かべた。 ------------------------------------------------------------------------------ 「倒れたって…どういうことだ長門!?」 「涼宮ハルヒの表層意識が、たった今消滅した。」 …??意識が消滅?何を言っているんだ?? 「原因は不明。今それを解析中。」 「長門さん!涼宮さんは今どこにいるんですか!?」 「旧校舎の玄関口からすぐ入ったところの廊下。おそらく部室へ向かう途中に倒れたものだとみえる。」 「キョン君、何をボサっとしてるんですか!?早くそこへ行ってあげてください!!」 突然の事態に状況が把握できずうろたえていたのであろう俺に、怒鳴りつける古泉と朝比奈さん。 「お…おう…!お前らはどうすんだ!?」 「長門さんが解析に手間暇かけている時点でこれは非常事態に他なりませんよ。 身体機能における単なる物理的損傷ではない…そういうことですよね長門さん??」 「そう。」 「であるからして、我々は我々でできることをします。原因の調査および機関への連絡その他をね。」 「今、涼宮さんの隣にはキョン君がいてあげるべきです!」 考えるよりも先に体が動いたのか、気付くと俺は廊下へと跳び出していた。 もちろん、ハルヒのもとへとかけつけるために。 正直、いまだに俺は混乱していた。そりゃそうだろう?ついさっきまでいつものごとく ピンピンしていたハルヒが…意識を失う?倒れる?一体何をどうしたらそんな展開になるってんだ?? 説明できるやつがいるなら今すぐ俺の所に来い。 しかし、自分にだって今すべきことはわかってる。この際、原因などどうでもいい… ただ一つ言えることは、一刻も早くハルヒの容態を確かめ、そして救ってやることである。 …… ハルヒを見つけるのにそう時間はかからなかった。案の定、長門の指定位置にて ハルヒはぐったりとした様子で壁に背を向けた状態でもたれかかっていた。 とりあえず最悪の事態は回避できたようだ。意識を失うタイミングにもよるが、頭から地面に激突した際には 最悪、脳震盪に陥る可能性だってある。しかし、このハルヒの体勢から察するに、どうやらハルヒは徐々に 薄れてゆく意識の中、反射的に頭だけは守ろうとしたのであろう…壁にもたれかかっているのがその証拠である。 例えば街中で運悪く出くわした不良に背負い投げでもされたとしよう。柔道に精通している者ならば、 とっさに受け身をとろうとするはずである。野球にてピッチャー返しをしようものなら、投手は瞬間の中で 球をキャッチしようとする動きに出るはずである。 今のハルヒにも同じことが当てはまる。スポーツ万能&運動神経抜群の涼宮ハルヒだからこそ、 成し得た芸当と言えるかもしれん。正直、俺がハルヒの立場だとどうなっていたかわからない。 ハルヒの顔に手を近付ける俺。どうやら息はしているようだ。俺の動作に一切の反応を見せないことから、 どうやら本当に意識を失ってしまっているようである。見方によっては眠っているようにも見えるが… とにかく、俺はハルヒを背負い、急いで保健室へと駆け込んだ。 ------------------------------------------------------------------------------ そして話の冒頭へと戻るわけである。 …しかし保健の先生には悪いが、俺にはハルヒの倒れた原因が単なる貧血には思えない。 元気のかたまりとも言えるハルヒに貧血など、不似合いにもほどがある。おそらく、それだけは 天地がひっくり返っても起こりえない事態のはずだ。何より、長門や古泉の尋常ではない焦りから判断しても、 単なる生理現象でないことだけは確かだろう。とにかく一刻も早いハルヒの回復を…俺は待ち望んでいた。 「……ん…」 …意識を取り戻したようである。 「…ハルヒ?!大丈夫か??」 「あれ、キョン…何でこんなとこに?…ってか何であたし保健室にいるわけ…?」 「お前が旧校舎の廊下で倒れているところを、俺がここまで運んできてやったんだ。」 「うそ…?そういえば手や足に力が入らないわ…。倒れたってのは本当…みたいね。 無様な姿をあんたに見せちゃったわね…。」 「どうってことねーよ。お前が無事で何よりだ。」 「…とりあえず、運んだってのが本当なのなら、一応礼は言っとくわ。ありがと…しかし困ったわね。 家までどうやって帰ろうかしら…。」 「それについては心配およびませんよ。」 うお?!いつのまにか背後に長門に古泉、朝比奈さんが立っているではないか。 もう調査とやらを済ませてきたのであろうか。 「タクシーを呼んできてます。いつでも発進できる用意はできてますよ。」 もうそんな手配まで済ましていたのか…相変わらず対応が速くて助かるぜ古泉。 「古泉君ありがとう。みんなには迷惑かけちゃったわね…。」 「そんなことどうでもいいんですよう!涼宮さんが無事でいられただけでも私嬉しいです…。」 「みくるちゃん…心配してくれてありがと。でも、もうあたし平気だから!ほらこの通り!」 潔くベッドからとび降り、仁王立ちしてみせるハルヒ。っておい、いきなりそんなことして大丈夫かよ?? 「ハルヒ、お前が元気だってことはわかったから、とりあえず 今日は無理はするな?俺がタクシーのとこまで背負っていってやるからさ。」 「まあ、あんたがそこまで言うなら仕方ないけど。」 渋々俺の背中にもたれる団長様。 …… タクシーには俺とハルヒの二人が同乗した。本当は長門と古泉、朝比奈さんも 付き添いたかったらしいが、あいにくタクシーにはスペースというものが限られている。 一旦古泉たちとは別れ、俺はハルヒを家まで送っていくのであった。 「しかしお前が倒れたというからびっくりしたぞ俺は。一体何があったんだ?」 「それはあたしが知りたいくらいよ!気付いたら意識がとんでたんだし…。」 「最近何か無理でもしてたんじゃないか?そのせいで一気に疲れがドバーッときたとか。」 「特に、何か無理をした覚えもないわ。」 「じゃあ精神的なものか?ストレスとかさ。」 「何に対してのよ?」 「いや…俺に聞かれてもな…。」 結局そんなこんなではっきりとした原因はつかめないまま、俺たちはハルヒ宅へと着いた。 「今日はゆっくり休めよな。なんせ明日は土曜だ。昼まで寝てたっていいんだぜ?」 「あんたねえ…あたしをバカにしてんの?ま、いいわ。とりあえず、今日はどーも。」 団長様が一日に二度も俺に礼を言うなんて、珍しいこともあるもんだな。 ハルヒと別れを済ませたあたりで、ちょうど携帯から着信音が鳴る。古泉からだ。 「もしもし、俺だ。」 「古泉です。涼宮さんは無事家まで戻られましたか?」 「おお、そりゃ元気な様子でな。」 「それはよかったです。ところで、涼宮さんが今日突如として昏睡状態に陥った原因についてなんですが…。」 息をのむ俺。 「長門さんとも話したんですが…正直に申し上げましょう。これは一言二言で伝えられる代物ではありません。」 …どうやら予想以上に深い事情がありそうな様子である。 「明日何か用事はあったりしますか?」 「用事?特にないぞ。」 「それは助かります。突然ですが…今日の夜11時に駅前近くのファミレスに来てほしいと言われたらどうします?」 「つまり、朝まで長話できそうなとこに集まろうってことだろ?全然構わないぜ。」 「ご明察です。それに加え、こういった場所だと食事も好きなときに注文できたりしますから、 聞き疲れを起こしたりしたときに、何かと都合がいいかと思いまして。」 なるほど…どうやら相当長い話になりそうである。それにしても食事か。なかなか用意周到じゃないか。 「だがな、なぜ11時なんだ?今6時だし、8時集合にしたっていいようなもんだが。」 「確かにその通りですね。しかし、もう少しだけ我々に時間をくれませんか? まだ原因の全てを把握できたわけではないのですよ。」 何、そうなのか。 「いえ、今のは表現が適切ではないですね。あくまでこれは僕自身の問題です。」 ?どういうことだ? 「今回の原因について、僕はかつてないほどの膨大な情報の処理や解釈に追われ… 弱音を吐こうなどとは思ってはいないのですが…正直、今僕はパニックに陥っている と言っても差支えないかもしれません。それほどまでに窮した事態なんですよ…。」 「な、何だ??その原因とやらがそこまで震撼させるような内容だったってのか??」 あの古泉が壊れかかってるんだ、おそらく話とやらは想像を絶するレベルなんだろう。 それを改めて認識したせいか、しだいに話を聞くのが怖くなってきた自分がいる。 「ですからその処理および解釈にもう少し時間がかかるということです。 そのへんはどうか、ご察しのほどをお願いします…。しかしですね、僕はこれに立ち向かいます。 立ち向かわずしてどうやって涼宮さんを救えますか。」 そうだ…これに目を背けたら、ハルヒは一体どうなるんだ?今日はあの程度で済んだが、もしかしたら次は こうはいかない可能性だってある。最悪の事態も考えられる。なら、俺も覚悟して立ち向かおうじゃないか。 それがハルヒを助けることに繋がるのならば…俺はそのための努力を惜しまない。 「長門さんと朝比奈さんにも連絡はつけています。では、夜11時にまた会うといたしましょう。」 「おう、またな。」 …まだ集合の時刻まで時間はある。 それまで家で仮眠でもとっておくとするか。話とやらは朝までかかるのだろうし。 …… 家に着いた俺は、とりあえず晩飯を食い、部屋に向かった後ベッドに横になった。タイマーは…念のために 10時半にセットしておく。寝過ごしたりでもしてしまうようなら、それこそ打ち首にされてもおかしくない。 そう例えられるくらい、今後を左右する重要な会議になるはずだ。 「少し眠るだけ…だ。さすがにまたあんな夢は見ねえよな…?」 内心不安だったが、しかしこればかりは気にしてもどうしようもない。 とりあえず、俺は目を閉じ、寝ることに専念した。 音が鳴っている… 俺はアラームを消した。 10時半…どうやらちゃんと起きられたようである。まだ少し眠たいが、そんなことを言ってる場合ではない。 さて、親に何と言うかだが…『友達の家で寝泊まりする』とでも言っとけば、まあOKだろう。 俺はコートを手に取り、部屋から出ようとした。そのときだった。 「ようやくお目覚めってわけだ。」 ふと背後から声が聞こえた。はて、これは幻聴か何かであろうか?当たり前だが、この時間帯俺の部屋には 俺一人しかいない。妹が勝手に部屋に侵入した?それはない。なぜならその声は男のものだったからだ。 しかもどこかで聞き覚えがある… 俺は後ろを振り返った。 「てめえは…!」 予想外の人物に俺は驚愕した。いや、俺が忘れていただけで、こいつと再び会うことは 必然だったのかもしれない。とっさに拳に力が入り、臨戦態勢に入る俺。 「おいおい、そんなに身構えなくったっていいだろう。別に僕は、あんたに危害を加えようなどとは思っちゃいない。」 どの口がそれを言うんだ。俺はお前らのしでかしたことを忘れたわけじゃねえぞ。 「誘拐の件についてはすでに謝っただろう?…まあ、それはいい。 今日は言いたいことがあってここに来た。」 朝比奈さん大の言葉を思い出す俺… 『藤原くん達の勢力には気を付けてください。』 …藤原…てめえ、一体何企んでやがる? 「差し金は誰だ?何の目的でココに来た??」 「…勘違いしてないか。確かに、この時代への時間移動命令については上からの指示だが、 あんたに会いにきたことに関しては、単なる僕の独断だ。」 「独断だと?そこまでしてお前は俺に何か言いたいってわけか。が、生憎様だな。どうせ俺に巧みな言葉をかけて 騙そうって魂胆なんだろうが、そうはいかねえ。朝比奈さんから、すでにそれに関しては忠告を受けてある。」 「何、朝比奈だと!?」 しまった、つい朝比奈さんの名前を出してしまった…まあ、もともと朝比奈さん大は藤原たちの勢力とは 敵対関係だったから、これも今更か。別に危惧するような情報流失でもない…と、とりあえず俺は信じたい。 「まさか…昨日の異空間からの転移は…ふ、まさか現行世界に直々干渉してくるとは。」 「おい、何ぶつぶつ言ってんだ?」 「いや、とりあえずあんたの話を聞いて理解はした。おそらく、僕が伝える予定内容を聞かせたところで、 あんたはそれに従わないであろうことにはな。やはり、僕らだけで何とかする問題だったか。」 「聞くだけ聞いてやる。一体何を伝えるつもりだったんだ?」 「『朝比奈みくるには気をつけろ』端折って言うならそういうこった。」 「なるほど、どうやら聞くだけ損したみたいだ。お引き取り願おうか。」 「まあ、はなからあんたは宛てにしちゃいないさ…さて、面倒なことになる前に撤収するとしようか。 九曜、もういいぞ。ここの時間軸を正常に…加えて、今の会話記録もこいつの記憶から抹消してやれ。」 「---了解した-------」 !?九曜だと??あいつもいたのか!!? その瞬間だったろうか 俺の意識はブラックアウトした
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/831.html
あの人になってみたい、という経験は、誰でも1回はあると思う。 相手の容姿や身体能力、頭脳はもちろん自分にはない特技を持っていたり、 「この人のことをもっと知りたい」という恋愛感情からくるものもあるだろう。 確かに夢見がちではあるが、決して変なことではない。 これで変というなら我が団長は変態を通り越して とっくに天然記念精神異常者として博物館に鎖で繋がれているところであろう。 俺だって無責任かつ非常識な横暴を受けて、幾度となくロープの向こう側の奴にハイタッチをかましたいと思ったさ。 だが俺は、重要視するところは 他人と替わりたいか ということではなく 誰が誰と替わりたいか だと思っている。 そりゃクラスメイトAがクラスメイトBに替わりたい、と言うだけならば俺は何も言わないが、 物静かで上品なお嬢様がオタクに憧れてたら誰だって目を丸くするし、 某奇妙な冒険漫画家が「あぁ、○×Hの○樫になりてえ」 とか言いだしたら日本漫画会に衝撃を与えるだろう。 それくらい、 誰 が 誰 になりたいかというのは重要だと自信を持っていえる。 とまあ、ここまで長々と語ったのは 今この学校で繰り広げられる状況の説明をしているからであって、 決して現実逃避をしているわけではない、多分。 が、偉大なる逃避世界の住人となるかもしれん前に、 この状況に至るまでの経緯をお伝えしよう。 それに気づいたのは今日の朝だが、事の始まりは昨日の放課後かららしい。 春らしさに磨きがかかってきたある日のことである。 俺はいつもの部室でもはや後光が見えつつあるメイド女神様の出される聖水を飲んでいたところだった。 ああっ女神さま!もはやお茶だけで国内紛争を止められそうな域にまで達しております。 と、そんな感想を漏らしながら、いつもの古泉と俺による白星生産ゲームをしている最中に、 PCの画面とにらみ合っていたハルヒが急に顔を上げて、こう言い出した。 「ちょっと皆、もし1度だけ他人と替わることができたら誰になってみたい?」 ……どこのWebページを見てたのかしらんが、今度は何に影響されたんだ。 大方、「オレがアイツでアイツがオレで」といった人格入れ替わりSSでも見てたんだろう。 「みくるちゃんっ!あなたならどうする?誰になってみたい?」 「ふぇっ? え、ええと………その、先生になってみたいです。 人に何かを教えるのって素晴らしいじゃないですか。」 朝比奈さんが眼鏡をかけチョークを持って黒板にまるっこい字を書いている場面を想像した。 貴方ならそのスカートからチラホラ見えている足と胸元の谷間のおかげで 保険の授業ではないのにも関わらず下半身がやばいことになりそうです。 「そういう希望職業を聞いてるんじゃないのよ! 有希は?誰になりたい?」 「……私は現状のままで満足している、不満はない」 「……まあいいわ、ところでキョン!アンタは一体誰に───」 と、俺に話を振る前に、ドアから一人の闖入者によってセリフを遮られた。 「おいーっす、キョンいるか?」 無論、俺をこのあだ名で呼び、なおかつ成功しないナンパ道を突き進んでいる男と言えば、当然谷口しかいない。 「ちょっと、今大事な会議中なのよ、何か用があるなら部活が終わったあとにしなさい」 大事か?これ。 「そう言うなって、すぐ終わる。 ……キョン、お前あの新作RPG買ったんだってな、 国木田から聞いたぞ。 もうどうせヘビーゲーマーのお前の事だから終わってるだろ?俺を優先的に貸してくれ」 新作RPGというのは俺が先月SOS団の財布となりつつある財布から なんとか捻り出してその日にもらった小遣いを足し、ようやく買った今話題のゲームである。 あの独自の世界観と斬新なストーリーが多くのユーザーの心を惹きつけている、 というか俺もその一人である。 いえいえ、決してヘビーゲーマーではありませんよ、 偉大なる16連射の達人の戒めを守ってゲームは1日5,6時間までにしております。 どちらも無視してよかったが、俺は別に独占欲が極端に強いわけでもないし、 理由もなく貸さないというのはこいつはともかく 他の奴らのイメージを悪化させることになってしまうので 「仕方ねえ、明日持ってきてやるよ」 と、まあ友達らしい返事をしてやった。 「流石キョン、男の友情ってもんを分かってる!持つべきものは心の友だ!」 どこの年中横暴小学生だお前は、おい肩組むな、暑苦しい。 「んじゃ、邪魔したなキョン。その大事な会議とやらを続けてくれ。 WAWAWAワンダフル~」 と、谷口が出て行くまでのやりとりを見届けた団長は、 何故か少し不機嫌になりながらこちらを睨んでいた。 そして、俺に向かって口を開く── パタンッ。 ──前に部活動が終了した。 何か言いたげだったハルヒは、やがて「ふんっ」と鼻を鳴らしさっさと下校してしまった。 「おやおや、聞かれなかったようですね。 ……ところで僕も気になります、貴方は誰に──」 ニヤケ仮面の貴公子を無視し、さっさと部室から出た。 ……と、まあこれが今回の事件の発端らしい。 確実に俺のせいではないことは確かだ、いやマジで。 だが、ハルヒの変態パワーに”何か”が引っかかったことは紛れもない事実である。 繰り返す、俺のせいではない。 いつもの坂を上がり、教室のドアを開いた俺の目に飛び込んできたのは、 「……おい谷口、そこハルヒの席だぞ。 席ごと窓から放り投げられない内にさっさとどいたほうがいい」 俺の後ろの席に座って窓の外を眺めている谷口だった。 大方、ゲームを早く受け取りたいというアホな考えだろう。どうせ家に帰るまでできやしないのに。 だが、振り向いた谷口は、いつものバカ面ではなくどこか不機嫌な顔つきだった。 「はあ?谷口?まだアイツは来てないわよ」 ……確か谷口の一人称は”オレ”だったはずだ、それに”アイツ”というのは第三者を指すべき言葉である。 「いや、お前何言ってんだ。 おふざけにしちゃ度が過ぎ──」 「おーぅおはよう我が心の友よ!ゲームは持ってきてくれたか!」 るぞ、と言おうとした俺の背後で、谷口らしい口調の声が聞こえた。 だが、この聞きなれた声は……。 「……ハルヒ?なんでお前がゲームを待望してんだ?あとそれ谷口の鞄じゃ……」 「はあ?オレがオレの鞄持ってちゃおかしいか? それより約束忘れたわけじゃないだろうな」 何が何だかさっぱり分からんため、 とりあえず谷口よりは権限が高いであろうハルヒにそれを渡してみた。 「サンキュー!やっぱりお前は心の友だ!」 と、ゲームを受け取ったハルヒがオーパーツでも発見したかのような笑みで 昨日の谷口のように肩を組んできた。 おいっ、ちょっと待て!ハルヒお前はこんな事をするやつだったのかいやそれよ りも今俺のわきのあたりに当たっているのは朝比奈さんサイズとまではいかないが結構ボ リュームのあるそれで俺は健康な高校生であってそんなことをやられると───!!! と、頭の中を駆け巡る脳内物質が列を崩された蟻みたいになっていると、 「アンタ達、朝から暑苦しいわよ。もうすぐ授業なんだからさっさと席に着きなさい」 何故か命令口調の谷口が俺たちにそう言った。 「チッ、相変わらず偉そうな奴だ。 おいキョン、この礼はまた必ずしよう。それじゃな!」 と、ハルヒが谷口の席に着いた。 ……そうか、ドッキリか。いやあおじさん見事に呆気に取られちゃったよアッハッハ。 と、ハルヒと谷口が手を組むなどチーターとヒポポタマスが 共同戦線を張るくらいありえないことなので、この考えを頭から放出した。 「なあ、谷口。これは一体どういう──」 ガラッ、というドアの開く音で、今から始まる授業に備えるため俺の会話は強制終了した。 だが 「起立、礼! ……よーし、それじゃあ今日は教科書53ページからだ。おい国木田、読んでくれ」 現れたのは、ハルヒ曰くハンドボールバカの岡部ではなく、 「あ、朝比奈さん……?」 そこには見つめているだけで何かを見出してしまいそうな可憐な上級生がいた。 その姿は、昨日のハルヒの発言により俺の脳内に自動作成されたまさに理想系の…… 「ちょっと、何変なこと考えてるのよ。 斜めから後ろからちょっと見ただけで分かるような間抜け面よ」 おもっきり不機嫌そうな谷口に指摘された。 ……こういう理解不能な現象が起きているときに有効なのは、 そう、現状維持で下手に手を出さず大人しく時が過ぎるのを待つことである。 放課後になれば、あの俺の悩み会話相談室の会長であらせられる万能宇宙人が説明してくれるさ。 時々チラホラ見えてしまう朝比奈先生の谷間や生足にニヤニヤしながら、 放課後まで待てばなんとかなると信じ待機状態を保っていた。 そして、昼飯だ。 「──んでよぉ、女ってのはやっぱり鎖骨だよな、鎖骨」 「……相変わらず谷口はマニアックなところをつくね」 と、どこの小学校の5年2組だと思うようなトークを繰り広げているのは、 俺の横に机を並べて弁当を食っているハルヒだ。 結局ずっと後ろの席に座っていた谷口は、チャイムがなるとさっさと教室を出て行ってしまった。 というかハルヒ、頼むからガニ股はやめてくれ。 京兄ちゃんでさえ守り続けてきた絶対領域神話が崩壊するぞ。 「だから、女ってのはそういう ──おっと」 コロコロと俺の足元あたりに箸が転がってきた、話に夢中で落としてしまったのだろう。 「あぁもう、しゃーねーなぁ」 と、少し舌打ちしながら俺の足元の落下物を拾おうとして ガタッ 「のぁっ!?」 イスに座ったまま拾おうとしたのが災いしたのか、ハルヒはバランスを崩して…… 「うおっ! ……いっつ、手捻っちまった。 おお、すまん大丈夫かキョン」 俺に覆いかぶさるように倒れてきた。 当然受けようとした俺は仰向けになって、ちょうどハルヒが押し倒したような位置関係になっている。 で、当然ハルヒの胸元の強調部分が俺の胸板と…… うん、柔らかいな。まあ朝比奈さんには劣るがそれなりの盛りはある。 俺の触覚は胸板にかかる微弱な圧力を捕らえ、 俺の嗅覚は眼下にあるハルヒの髪から漂う少しいい匂いを……いいにお…… 「──ってうおぁあああああっ!!! ははははっ、早くどけぇっ!」 俺は半ば突き飛ばすようにハルヒの体を遠ざけた。 「いてっ、な、何慌ててんだ?」 「どうしたのキョン。卵焼きでも潰しちゃった?」 谷口と国木田が、不思議そうに俺の顔を覗き込む様子が声の調子で分かる。 だが今の俺はそんなことに応答している余裕はなかった。